第1話 丹沢徳次郎 殺害事件 (4)

「さて、嵐山らんざん警部補、凶器はどうしますか? 定番のナイフなんかどうでしょう?」


「いや、犯人に外傷はない。それだと無理がある」


「では絞殺ではどうです?」


圧迫痕あっぱくこんが一切無い。絞殺も無理がある」


「それなら毒物はどうです?」


「今のところそれらしい毒物は検出されていない。被害者の血液サンプルも調べたが、特別な薬物は検出されていない」


「困りましたね」


 困っているのは僕の方だ。

 探偵と名乗った人物。晴見はれみ 直人なおひとは僕の使用したであろう凶器を勝手に決め始めた。

 ただ、僕の用いたものは凶器でも毒でも無い。ただ、証拠となるモノはこの殺害現場にまだ残っている。天井裏に転がっている空のボンベだ。


 僕は父親のベッドの上の開けた穴から、二酸化炭素をたっぷりと流し込んでやった。

 二酸化炭素は空気よりも重い。カーテンを閉めた天蓋つきのベッドは非常に狭い密室のようなものだ。そこにガスは溜まり、ヤツは呼吸が出来ずに死んだ。

 窒息死というともがき苦しむようなイメージがあるが、二酸化炭素を使うと眠るように殺せる。それはペットの安楽死にも使われているというのだから、さぞかし楽に死ねたのだろう。僕としてはヤツが苦しむ光景を見れなかったのが残念でしかたが無い。



「では、あれだ、彼は超能力みたいな能力があって、思っただけで人を殺せるんだ」


 探偵がさらに適当な事を言いだした。いくらなんでもそれはないだろう。


「超能力だと仕方有りません。現代の科学力では立証できないので、これ以上の捜査は無意味ですな。切り上げましょう」


 ……嵐山警部補はなんとその意見を採用するようである。警察手帳をのぞき込むと『超能力の為、捜査は不可能』と書かれていた。この探偵も酷いが、この警部補も相当酷い代物しろものだ。


「さて、これにて捜査を切り上げます。これまでご協力を感謝いたします」


 そういって警部補は帰り支度を始めた。



 このまま帰れば、証拠不十分で僕は無罪になるだろう。

 しかし、これでいいのだろうか?

 いや、いいわけがない。

 こんな不条理は許されるハズも無い。


 ……この状態で僕がひっくり返せるだろうか。

 ひとつだけ手段が思い当たる。

 だが、この手段を用いると僕は『破滅』だ。実にアホらしい。


 ……たが、僕には失うものは何もないハズだ。

 この酷い終末を正せるとしたら、自滅するのも悪くないかもしれない。


 運命の決断をして、信念が揺らがないうちに、警部補と探偵に声を掛ける。


「ちょっと待って下さい、僕が犯人です。天井裏を調べて下さい証拠がありますから」


 言ってしまった。これで僕は殺人犯だ。しかし後悔はない。

 だが、耳を疑う返事が警部補と探偵から返ってくる。


「いや、もう定時だし、聞かなかった事にして帰ります」


「そうそう、私も見たいアニメがあるからとっとと帰るから」



「…………!!」


 僕は切れた。

 生まれて初めてありったけの感情を表にした。


「いいか、良く聞け、警部補と探偵がそれで良いと思っているのか?

 いいわけがねーだろーが!」


 その後30分にわたり、僕は怒鳴り散らした。

 探偵がどうあるべきか、警部補がどうあるべきか。延々と説く。

 声がかれ始め、どうにか落ち着きを取り戻すと、そこには正座をした涙目の探偵と警部補がいた。


 僕の罵声が途絶えると、周りの捜査官達からはなぜか拍手喝采が起こる。

 考えてみれば、毎回、彼らに付き合わされる捜査官達か真の被害者なのかもしれない。

 アレらを上司に持つと考えただけで虫酸むしずが走る。しかし本当に酷い出来事だった。



 こうして事件は幕を降ろした。

 後日、僕は殺人犯として裁かれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る