第1話 丹沢徳次郎 殺害事件 (3)
「いやいや、彼が犯人だという根拠はありますよ」
その発言に僕は
「では、その根拠というモノをしめして下さいよ」
「まあまあ、その話題に入る前に私の能力について少し話そう。
まず、この能力は先天的なものではない、絶え間ない努力によって身についた。
それは、あるトレーニングを行う事で可能になるのだが、何だと思う?」
「分りません、もったいぶらずに教えて下さい」
「うむ、よかろう、そのトレーニング方法を今からお見せしよう」
そう言うと、懐から一冊の本を取り出し、探偵は解説を続ける。
「ここに新作の推理小説があります」
「あっ、その本は3ヶ月前に話題になった小説ですね、最新というには少し古くないですか?」
僕がそう反論すると、探偵が苦い顔をした。そしてふてくされたような口調でしゃべり出した。
「まあ、ほぼ最新と言って良い推理小説がここにあります。
私は今からこの本を読み解き、犯人を特定します。
ちなみに私はこういった推理と知識の蓄積を、1万冊以上積み重ねている」
「なんだって、1万冊だって。
一日1冊呼んだとしても、30年近くかかるじゃないか!」
そう僕が驚くと探偵はとびきりのドヤ顔をする。
「実に良い、教科書に出てくるような、お手本のような驚き方だ。
もっと褒めてもらっても構わないよ。君さえ良ければ、私の弟子として採用して上げよう」
「いえ、遠慮しておきます」
「うむ、まあいい。では今からこの、ほぼ最新と言って良い推理小説を読み解く。
そのスピードを見ておくがよい」
今まで読んだ推理小説が1万冊か……
僕は今までどれほどの数の小説を読んだのだろうか?
おそらく、月に5~6冊ぐらいだ。
仮に6冊だとして年に72冊。10年としても720冊……
速読法でも覚えているのだろうか、なんにせよ尋常な数ではない。
興味津々で探偵の所作を見守る。
探偵は目の前で小説を読み始めた。
ペラ…………
ペラ…………
僕の予想とは反して、読むスピードは普通の人と変わりない。むしろ遅くすら感じる。
ところが、10ページも読まないうちに。
「犯人が分りました、もうこの本はこれ以上読まなくても良いでしょう」
なんと、あっというまに犯人を特定してしまった。
僕もあの本は読んだが、10ページだとお話の導入の途中で、登場人物がまだ全て出きっていない……
……だが、なにか他におかしい気がする。探偵の動作に違和感を覚えた。
そして僕は気がついてしまった。
「
「なかなか鋭いね、その通りだ」
「……その本の面白い所は、犯人が道徳心と復讐心の
という所なんですが、そこの所はちゃんと読み取れているんですか?」
「知らんよ、犯人さえ分れば他の事などどうでも良い」
……こいつ、最悪だ。オチの部分だけかいつまんで読んでやがる。
だからこのトレーニングで身についた『能力』では犯人の部分しか分らない。
これでは動機も凶器もトリックも一切分らないはずだ。害悪探偵と呼ばれている理由にも納得がいく。
あまりのショックに僕は両膝を床についた。
「どうやら私の偉大さに気がついたようだね」
探偵は何か勘違いをしているようだ。これはキツく正さなければならない。
「いやいや、その読み方は本を冒涜しているでしょう?
そんな読み方をしているから、まともな推理も出来ないじゃ無いですか!」
僕の声は少し怒りでうわずっていた。
あの本の扱いは酷い、読書家の僕としては許せないものがある。
「いや、私なりの推理と根拠はあるのだが。
しょうがない、今回は特別に私の論理の構築法を、すこしだけお教えしましょう」
そういうと探偵は我々の名前を紙の上に書き出す。
『兄、
『姉、
『高校生、
「さて、なにか気がつく事はありますか?」
探偵は僕に向かって問う。
「いえ、なにも?」
「いや、これだけでわかるでしょう。ここに太郎さんと花子さんが犯人になり得ない根拠があります。よく考えてみて」
「なんですか? 教えて下さいよ!」
名前だけで犯人が分るはずがない。この男、どこまでふざければすむのだろう。
「しょうがないですね、答えをおしえます。
根拠は、太郎さん、花子さん、お二人の名前は実にダサい。
犯人となれば、やはり風格のある名前が必要です。太郎と花子では残念ながら犯人になる資格を持ち合わせていない。単なるモブキャラの名前だ。
さて、お二人の名前にくらべて『刈谷 優』はどうです、この人物が犯人なら作品がグッと引き締まるでしょう」
「……僕を犯人に指名した理由はそれだけですか?」
「いや、十分な理由だと思うのだが。
おそらく10人中9人以上は、この説明で納得すると思うぞ?」
「そんなわけないでしょう?」
「いやいや周りをよく見たまえ、少なくともそちらの二人は納得しているようだ」
そう言って兄と姉の方を指さす。
まさか、そんなはずはないだろう。
そう思っていたのだが、兄が口を開いて予想外の言葉が出てきた。
「そうか、やはり『太郎』では犯人は務まらないか。確かにダサいよな」
「えっ兄さん、何言ってるの? しっかりしてよ」
「そうよね、『花子』もダサすぎるわよね。それに引き換え『優』は格好いいわ。
しょうがない、犯人をゆずるわ」
「姉さんも何いってるの? 犯人はゆずる、ゆずらないという問題ではないでしょう?」
「素直に認めたまえ、君は犯人にふさわしい名前なのだよ、ザ・刈谷 優くん」
「へんな定冠詞つけないで下さいよ」
「君が犯人だと、全てこの場は丸く収まる。
「いや、殺人事件で大団円はないでしょう。人が一人死んでいる事件ですよ。
それに仮に僕が犯人だとして、動機や凶器はどうなんですか?
なにもないでしょう?」
「しょうがないな、じゃあ動機を特定しよう。殺人の動機は限られている。
1.恨みからの殺人
2.金がらみの殺人
3.女がらみの殺人
主にこの三つからだ、さて刈谷 優くん」
僕の名前をそう呼ぶと、探偵はいつになく真剣なまなざしで見つめてきた。
「……なんですか?」
「どれがいい?」
「は?」
「だから、どれがいいのか選ばせてあげるよ」
「いやいや、選ぶとか、そういう問題じゃないでしょ」
「……決められないなら、私が決めちゃうよ。じゃあ、お金でどうよ」
「僕に相続権は無いですよ、正妻の子供じゃありませんから」
「では、恨みだな」
「いえ、恨んではいませんよ」
ここで僕は嘘をつく、虐待を受けていた日々を忘れるハズも無い。
だが、この感情は表にさえ出さなければ、悟られることはありえない。
「じゃあ、女で決定だ。
「妻の他に、愛人の
「じゃあ、その『女性を奪う為、被害者を殺した』これで決まりだな」
「……その女性、僕の母親なんですが。それに2年ほど前に他界しています」
「まあ、細かい事は気にしない。恋人が母親だって良いじゃ無いか。
動機づけはソレという事で決めてしまいましょう。警部補もそれでいいですよね」
「私は動機より、凶器など証拠が欲しいんだが」
「まあ、それもこの場で決めてしまいましょう。警部補も早く仕事を終わらせたいでしょう」
「そうだな、そろそろ午後5時で定時を迎える。早く帰りたいからとっとと決めるか」
……ダメだこの大人たちは。こんな理不尽な話しがあって良いはずが無い。ここは僕が何とかしなければ。
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