第1話 丹沢徳次郎 殺害事件 (2)

 晴見はれみ 直人なおひとと名乗ったその人物は嵐山らんざん警部補から奪い取った資料を片手に、この場を仕切り始めた。


「では、まず状況をまとめてみましょう」


 そういうと、手元の資料を一枚めくる


「被害者、丹沢たんざわ 徳次郎とくじろう

 財閥グループ丹沢開発の会長で非常に傲慢な性格、会社の内外に恨みを持つ者が多い。

 朝、密室状態のベッドの上で死んでいる所を発見される。持病に心臓病あり」


 自ら探偵と名乗ったその男は、続いて理解に苦しむ事を言いだした。


「なるほどなるほど、実に絵になる魅惑的な死に方をされておられる。これは一流の被害者ですね」

 ……何を言っているんだ? 一流の被害者? 金持ちの上流階級という意味だろうか?

 しかも絵になる? 魅惑的? 何をいっているんだ? まったく意味が分らない。


「続いて、この屋敷の同居人、まあ容疑者を上げていきましょう」

 我々家族はこの発言にムッとする。いきなり面と向かって容疑者扱いをしてきた。

 まあ、僕がこの手で殺してやったのだから、その推理は正しいとも言えるが……


「まずは長男の、丹沢たんざわ 太郎たろうさん。

 丹沢グループの子会社の一つを任されていますが、あまり業績は良いとは言えない。

 なにかと会長の徳次郎さんから叱責しっせきされていたとか」


 その発言に兄は反論する。


「もともと業績の良くない子会社だったんです。それに小言こごとぐらいで人を殺したりはしませんよ」


「……まあ、いいでしょう。続いて長女の丹沢たんざわ 花子はなこさん。

 あなたは会社の経営に関わる事は許されなかったとか。

 特別な待遇はされず、日々の業務でこき使われて鬱憤うっぷんが溜まっていたのでは?」


 その意見に姉は反論する。


「確かに、特別扱いされない事に不満は抱いていたけど、殺人の動機としては弱くないかしら?」


「……そうですね、そうかもしません。では次。わらわの子刈谷かりや ゆうくん。高校3年生。

 なんだこれ『わらわの子』って? 母親が貴族の出身とかなのか?」


 そのボケた発言に、僕は突っ込みを入れる。


「めかけですよ、めかけ。ようは愛人の子です。名字がちがうでしょ。

 丹沢家の性を名乗る事はゆるされなかったからですよ」


「ああ、そうなんだ、じゃあ、それだ、名前が許されなかったから殺したとか?」


「そんな事で殺すわけないでしょう。もう少し考えて下さいよ」


「うん、まあ、そうだね。それだけだと動機にはならないね」


 この男、大丈夫か? 推理の行き先が不安になってきた。



「さて、嵐山警部補、他に容疑者は上がっていますか?」


「いまのところ犯罪が可能だと思っている容疑者はその3人だけだ、もちろん他にも動機がありそうな容疑者はいるのだが、数が多くてまだ絞りきれていない」


「ああ、わかりました、ほかの容疑者のリストは要りません。私には犯人が分りましたから」


『いきなりこの男は何を言っている?

 まだ被害者と容疑者の名前を確認しただけじゃないか。

 被害者の様子も、現場の状況も、犯行のトリックも、何一つ調べてすらいない。

 この段階で何が分るというんだ、ふざけるのも大概にしろ』


 そう叫びたかったが、僕はそれを表には出さなかった。

 感情にまかせて怒鳴り散らすような事をすれば、それは『僕が犯人です』と自白しているようなものだろう。

 このふざけたハッタリに対して心の底から怒りを覚えるのは、犯人くらいしか考えられない。



 不可解な顔をしている兄と姉と僕の前に、嵐山警部補が解説を始める。


「まあ、納得いかないのは分ります。実際に我々警察も納得はしていません。

 ただヤツがこれから話す事は真実なのです。その点だけは保証できます」


「どういう事なの? もっと分りやすく言ってちょうだい」

 姉がいらだちを隠せず、嵐山警部補に質問をする。


「えー、非常に警察としては言いにくい事なのですが、あの男、探偵晴見はれみ 直人なおひとは、非常に鋭い勘の持ち主といいましょうか。一種の超能力のようなモノを持っていて、その不思議な能力を使って犯人を特定できるのです。

 いままで彼は17件の事件に関わってきましたが。100%の確立で犯人を特定できています」


『なんだそれは、そんな能力は反則じゃないか』


 思わず、そう言いそうになったが、こんなセリフを吐いたら犯人そのものだ。

 僕は冷静を装う。超能力などあってたまるか。

 こんなアホ面の調査もろくにしない探偵に、僕のトリックを見破られる訳がない。

 

 しかしなんでで犯人が分るんだ?

 ……そうだ、もしかしたらヤツは心理学者かもしれない。

 犯人が動揺するような発言をして、容疑者の挙動や視線を観察しているのだろう。

 犯罪者は無意識に凶器を隠した場所を目線で確認したりするものだ、僕も天井裏にある証拠を抑えられると、有罪はほぼ確定してしまう。気をつけよう。


「では、犯人が誰かお教えしましょう」


 探偵の一言に、辺りの空気が緊張に包まれる、だがこれはハッタリだ。犯人を煽り、馬脚をあらわす為の虚偽に過ぎない。

 しかし、探偵は……


「犯人は『刈谷 優くん』あなたです」


 迷うこと無く僕を指名してきた。

 ……なんだこれは? 確かに僕は犯人だ。だが、マンガや小説じゃあるまいし、名前を指名されたぐらいでベラベラと自供するような事はしない。そんな馬鹿なヤツは現実にいるわけはない。僕は探偵に反撃を開始した。


「なんで僕が犯人だと言うのですか? 動機はなんです?」


 その質問に探偵は素っ気なく答えた。


「知らん」


「では、凶器は?」


「分らん」


「トリックは?」


「どうでもいい、興味がない」


「では、なんで僕が犯人なんですか?」


「それでも私は分ってしまうのだよ」


「……」


 開いた口が塞がらないとは、この事だろう。呆然ぼうぜんとしていたら、嵐山警部補が僕に声を掛けてくる。


「まあ、納得いかないのは分る。だが君が犯人なんだろう?」


「いやいや、おかしいでしょコレ? なにも動機も根拠も証拠が無いじゃないですか」

 探偵ではらちが明かなそうなので、僕は警部補に問いただす。


「そうなんだよね、この探偵の能力は犯人は特定できるけど、犯人の特定しかできないとも言える。

 ほかの事は一切分らないみたいなんだ」


「……なんと言われても僕は犯人じゃありません、犯人だというなら証拠を突きつけて下さい」

 そう僕は突っぱねた、こんな事で犯人にされてたまるか。


 そのセリフを聞いて警部補はうなだれる。

「今回のこの事件も迷宮入りか……」


「えっ、この探偵の関わってきた事件は、100%の確率で犯人の特定ができて、解決できるんじゃないですか?」


 その質問に警部補は頭を振りながら答える。


「いや、犯人が分っていても証拠がないと逮捕は出来ないんだ。証拠不十分というヤツだ。

 自白でもしてくれれば話しは違うんだけど……

 君、自白する気はないかい?」


「する訳がないでしょう」


「だよね」


 ……この警部補も相当ポンコツらしい。


「いやいや、彼が犯人だという根拠はありますよ」


 そこへまた、あの探偵が割り込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る