10 100%達成?
夕日の橙色が海に反射して、その光はアンジェと俺のいる海浜病院の個室にまで届いていた。アンジェの睡眠を妨害してはいけないので電気は全て消している。そのせいで黒と橙のたった二色が部屋を支配していた。
すでにアンジェの熱は解熱剤により下がっており、顔色ももとの乳白色に戻っていた。今はすやすやと静かに眠っている。それはまるで天使みたいだ。
「高熱で意識を失っただけです。もう少し時間が経てば回復するでしょう」
海浜病院の医者はそう言った。俺が事故に遭ったときのあの『できる医者』だ。
「そうですか。ありがとうございます」
「では何かあったらまた呼んでくださいね」
「はい」
医者が部屋を出て行く。
「……あ、ソーマさん。おはようございます」
「もうそろそろこんばんはだ」
「えへへ、こんばんは。フクっちさんは?」
「寝てる」
アンジェは「そうですか」とだけ言って、目を軽くつむった。
「お前、隠してただろ」
「結局ばれちゃいましたけどね」
こいつ、どんだけ天界に帰りたい願望強いんだよ。風邪まで我慢するとか並みの精神力じゃねえぞ。
「世界酔いって言うんだろ?」
「なんで知ってるんですか――って神様しかいませんでしたね」
地上に降りた天使が新しい環境になじめずに、体調を崩す病気というかただの風邪だ。ならない方が珍しいとは言っていたけど、アンジェもやっぱりなってたんだな。
「しかし全然気づかなかったよ。天使総会の帰りだろ、なったの」
「よくわかりましたね」
「あの日は急に寒くなったし、ご飯も急に食べなくなったし。入ったって言ってたはずのお風呂に垢がなかったし。思い出してみれば、なんで気づかなかったんだろ」
アンジェが風邪をひく訳がないという固定概念でもあったのだろうか。
「幸福ゲージは?」
「ああ、100%になったよ」
「そうなんですか⁉ ではフクっちさんが起きたらすぐに儀式を――うへっ」
俺は軽めにわざとアンジェの頭を叩いた。
「三日だ」
「三日?」
「三日入院しとけ」
「ええ! 嫌ですよー。絶対ここ退屈じゃないですかー!」
足をばたつかせて反抗するが、残念ながら俺にはどうでもできない。
「明日PSPとかマンガの新刊とか持ってきてやるからよ。今日は我慢してくれ」
「しょうがないですねー」
結局マンガやゲームがあればどこでも生きられるじゃねえかよ。
あと、そうだ。渡し忘れていたものがあったんだ。
「これ」
近くにあったテーブルに院内のコンビニで買ったプリンを三段重ねにして置いた。あの時アンジェが学人を撒いてくれなければとんでもないことになってたからな。
「おお、約束のプリンしっかり三つ!」
「一度に食うなよ?」
「わかってますって」
でもどうせ明日にはなくなっているんだろ?
「じゃあまた明日、学校帰りに寄るから」
「はーい」
「病院食はあんま美味しくないけど、残さず食べるんだぞー」
「はーい。ソーマさんは私のお母さんですか?」
珍しく純朴に、クスリと笑った。なんだよ、普通に笑った方がかわいいじゃないか。しかしアンジェと言う生き物はやはりゲスさがなければアンジェではない。不思議な気分だ。
病室を出ると、寝ている設定だった脳内寄生幼女ことフクっちが話しかけてきた。
『まさかアンジェちゃんの目が覚めた時に23%もあがるとはねー』
『アンジェが無線機つけてなくて助かったぜ』
もしつけていたらフクっちとアンジェが全力で煽ってくるだろう。
《現在:100%達成!》
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