6 新年早々学校で③
「……ってあ、やべ」
しかも打ってから気づいた。
――ああ、最悪だ。あの話題を吹っかけられる。
「おはよう柊城……新年早々パンチとは、なかなか凝った『あけおめことよろ』だな」
青年は頬をさすりながら微笑んだ。Мなのかこいつは……。
『せっかくこいつと話さないために現実逃避してたのによ』
『この男子のこと嫌いなの?』
『んまぁ、嫌いじゃないし親友だと思っているけど今は絶対に話したくなかった』
そうだ、今のようなタイミングは最悪だ。どうせあの話だろ。
「おはよう
青年の名前は
「いいやオレは今君と話したいんだ」
「いいえ俺は今君と話したくないです」
『あしらい方がひどすぎる。で、なんで今は話したくないの?』
『待ってろ、今に分かる』
学人の化けの皮は俺の前では簡単にはがすことができるのだ。
「でさ、さっき楓さんと話していたことなんだけど」
学人は周りに聞こえないように、その話題をさらりと出した。
「俺は何も話してない」
「それは嘘だ。オレさっきまで教室の端っこにいたけど、楓さんの言葉に全力で耳を傾けていたからね」
こいつだけには聞かれないようにできるだけ声を小さくしたってのにか!
『え……』
そしてようやくフクっちも俺の言いたいことが理解できたようだ。
「あのなぁ、それ、盗み聞きっていうんだぞ」
「情報収集と言ってくれ」
ただのストーカーじゃねぇか。
『つまりこの青年は楓ちゃんの熱狂的信者だと……』
『熱狂的どころの話じゃないぞ。こいつは【聖女愛好会】の始祖でありリーダーだからな』
『イメージ付かない……』
聖女愛好会――聖女こと南雲楓のファンクラブなのだが、学人はそこで会長の職に就いている。週一の愛好会では全身を隠すマントを被っているため、素性は明かしていないんだとか。というか知っているのは俺だけらしい。
確かに真面目な性格で勉強もできてイケメンとハイスペックなのだが、楓のことになると一気にポンコツと化す。そんな彼の本性は、未来永劫誰にも暴けないだろう。
「それでさっき言葉の端々で『プレなんとか』って聞こえたんだけど」
一番聞こえてはいけない部分がぁぁぁっ!
俺史一六年の歴史で『プレ』が最初に付く言葉を『プレゼント』以外で探せ!
…………。
「プレ⁉ プレプレ、そうプレステだよ。最近楓の奴がゲームにハマってさあ」
他にもプレーンヨーグルトだのプレジデントだのと、様々な選択肢が登場してきたのだが、ここは一番適合率が高い言葉を選んだつもりだ。
「そうか……。てっきりクリスマスプレゼントの話だとばかり」
「まさかな、ないない!」
「だよなー! もしプレゼント交換なんてことをやって、楓さんから手作りのものをもらっていたら、これから柊城を焼却処分するところだったぜ」
『こわっ』
「ははは」
目が冗談じゃないくらい笑ってないんですけど。こいつ選択肢次第で、マジで俺を燃やそうとしてたんじゃ……。
「あともう一つ聞きたいことがあったんだ。あ、今度は普通だから」
どうやら学人の楓への愛の異質さは自分自身でも気づいているらしい。まぁ、痴漢とか猥褻なことは絶対にしないし、安心と言えば安心なんだけどな。
「それならいいけど」
「次の日曜って空いてるか?」
「どっか出かけたいとこでもあんのか?」
どうせ暇だし、映画とかそんなのだったら喜んでついて行こう。
「実は再来週、聖女愛好会で《楓さんに着せたい服ランキング》を作ることになってさ――」
「断る」
何が普通の話だよ。いきなりベクトルぶん曲げてどうすんだ。
『なかなか気持ちの悪いことをやってんだね……』
先ほどからドン引きしかしていないあたり、子供のフクっちにはまだ早かったかもしれない。
「まぁ最後まで聞けよ。それで楓さんに似合うような服を買いに行こうと思うんだが一緒に――」
「絶対に断る」
男子高校生二人が女性服漁ってたりしたら、運が悪いと警察呼ばれるぞ。
「幼馴染であるお前の力があれば百人力だと思ったんだがな……残念だ」
それを本気で考えていたのなら、俺はお前の思考の方が残念だと思う。
と、学人と丁度会話が終わった時にチャイムが鳴った。これ以降に学校に来た生徒は遅刻扱いとなる。
「おい、お前らチャイムなったぞ席に着けー」
教室の前扉を開けて入ってきたのは担任だった。女性にしては低い声が特徴的な、クールなタイプの先生である。そして同時に生徒は各席に座る。
「今日は三学期の始業式なわけだが――急なお知らせがある」
どよめく教室。内容は知っているため、特に思案する必要はなかった。
『アンジェちゃんだね』
「転校生がうちのクラスに来ることになった。喜べ男子。かわいい子だぞ。入ってこーい」
「失礼します」
と教室に入ってきたのはやはりアンジェだった。同時に健全な男子諸君が発狂していた。
「うおおおおおお!」
「少し早めの春が来たぁぁぁっ!」
「こりゃあ楓ちゃんとツートップだぞ!」
「いやっ……俺には楓さんが俺には楓さんが俺には楓さんが。ちくしょう、そうだ、あの子を見なければいいんだ。さらば俺の目! いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
学校にアイドルがドッキリで来たときのくらいの騒ぎだと思ってくれればわかりやすい。
どさくさに紛れて本性だすなよ学人。でも今この混乱の中で学人を見る奴はいないだろう。
「ええい、一回落ち着け!」
先生の怒号で、一同はぴしゃりとまるで躾けられた軍隊のように静かになった。
「コホン。では自己紹介を」
「初めまして皆さん。柊城アンジェと申します」
アンジェはぺこりと頭を下げる。転校生イベントと言っていたが、今のところそれらしいことをする様子はない。
そしてクラスは騒がしくなった。どこかで聞いたことのあるその苗字が、俺の苗字と全く同じだったからである。当然、視線を集めることとなってしまった。
「皆さんが今凝視しているソーマさんのお宅に居候させてもらっています」
「質問いいですか?」
突然、クラスのムードメーカー的存在であり、ブロッコリー頭の藁谷君が手を挙げた。
「いいぞ藁谷、許可しよう」
先生もそれを面白がって藁谷君に発言許可を出してしまった。
「柊城とアンジェさんは同居してるんですよね。どんな感じなんですか?」
若干興奮気味の藁谷君である。しかしなぜアンジェは名前で俺は苗字なんだよ。
「そうですねー。毎日あんなことやこんなことが……」
「誤解を招くような言い方をするな!」
と、しっかりとツッコみを入れたはずなのに、クラスの男子からは眼を飛ばされていた。藁谷君に至っては「何もないですよー(照)」的な回答を期待していたのにもかかわらず、割かし性的な回答が返ってきてしまったため頭が真っ
「死刑かなぁー」
「いや、クラスメイトだぞ。せめて去勢だろ」
「南雲楓と幼馴染でアンジェさんとは同居って……正直に言ってうらやまじいでず!」
これはあれだな。転校生ヒロインが自己紹介時に主人公と親密な状況にあることをわざとらしく告白し、男子諸君の恨みを買うという、まるでマンガの昔から使われている王道設定のような……って、
『転校生イベントってそういうことかよ』
『ああ、やっとわかったの』
無駄なところでとっても無駄な伏線を回収してしまったような気がする。
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