5 新年早々学校で②

 廊下のクラス表示『1-6』を見て、教室の後ろ扉を開ける。


「おはよう」「おはよ」「おっす」などと級友と久しぶりの挨拶を軽く交わすと、一番後ろにある自席に腰を下ろした。


 俺の存在に気づいたのか、友達と話していた委員会帰りの楓がこっちに来た。


『うおっ! アンジェちゃんといい勝負の超美少女が向かってきてる! え、聡兄の彼女? いやでもそれはないかごめん』

『謝んなよ!』


 どこまでも失礼なやつだ。あと個人的にはアンジェより楓の方が可愛いと思う。


『この超美少女が楓だ。幼馴染の』

『まじかぁ! おいおい聡兄の周り、アンジェちゃんと楓ちゃんとあたしで美少女ばっかりじゃん! 学園ハーレムラブコメじゃん!』

『なんで地味にフクっちも入ってきてるんだよ。一度も顔見たことないんだけど』

『実は超美少女だったりする!』

『はいはい』


 確かにフクっちは声から察するにかわいい女の子なんだろうけど、美少女というより美幼女の方が似合っていると思う。


 そう色々と脳内実況している間に、楓が俺の席まで来た。


「おはよう聡ちゃん。ごめんね朝一緒に行けなくて」


 申し訳なさそうなその表情はまるで戦地に赴く兵士を見送る少女であった。そうやって自分でもよくわからない表現をしてしまうほど、楓は美しさの限界を教えてくれない。


「いいって。まぁ、今日はアンジェもいたしな」


 いつもの楽しさが半減したけどな。


「え、アンジェちゃんこの学校に通うの⁉」

「あれ言ってなかったっけ?」

「言ってない。へー、アンジェちゃんと一緒に来たんだ、へー」


 ずきゅぅぅぅっん! と体を撃ち抜かれたような気がした。


 そして楓の言葉が嫉妬だったらいいのにな、と心の中で誰かが呟いた。でもきっと楓はそんなこと考えてないんだろうな。だって魔性だもの。俺以外の男子だったらイチコロだったぜ。俺が軽く陥落しかけたんだから無理もないと思う。だってかわいかったんだもん。


『おーい、女の子のあざといセリフに過剰反応したチョロ兄』

『し、してないし、チョロ兄って言うな!』

『幸福ゲージを10%もあげといてまだ同じことが言える?』

『は?』


 瞬間的に左手首――レドジウムリングを見ると、確かに振動していた。楓の言葉は相手の左腕をマヒさせるのかどうかはしらないが、全く気付かなかった。


 表示は《17%》。朝確認したときは《7%》だったので、本当に10%上がっていた。いや、俺どんだけちょろいんだよ。ラノベのチョロインたちもびっくり仰天しちゃうぞ。


「アンジェの奴、何かドッキリイベントみたいなのを考えてるらしいからナイショにしてくれないか?」

「うん、別にいいけど」

『ま、たしかにドッキリかもね』

『なんだよ、答え知ってるなら教えろよ』

『そしたら聡兄ドッキリしなくなるじゃん』


 もうあいつの不摂生さにドッキリしまくってるから、こっちからするとお腹一杯なんだけどな。


「あ、その手袋……」

「これ? まだ寒いからな。当分使えそうだよ、ありがとうな」


 楓が俺のはめている手袋を見て、なにやら照れていた。


『その手袋、まさか楓ちゃんからもらったの⁉』

『ああクリスマスプレゼントでな。しかも手編みなんだってよ、すごいよなホント』

『ずっと買ったものだと思ってた。……ほへぇー。で、聡兄は何あげたの?』

『雪ウサギの髪留めだ』

『ひょっとしてあれ?』

『あれだ……まだ付けてくれてる』


 楓の綺麗な黒髪の上で、雪ウサギが飛んでいた。黒白というコントラストがまた素晴らしい。


「私も、実はずっと使ってて……」


 ばきゅぅぅぅっん! と、また何かで体を撃ち抜かれたような気がした。いくら幼馴染と言ってもそんなの反則だろうって。健気すぎる。


「あ、ありがとう」


 ただの幼馴染のプレゼントを使い続けるなんて……、お世辞でも嬉しすぎるんだが!


『いや、ちょっろ。めちゃくちゃちょろいよ聡兄……』

『やかましい!』


 また左腕が微振動していた。レドジウムリングを覗けば《27%》と書いてある。また10%も上がってしまったのだ。いくら幼馴染とは言え、女子のこういうあざとさには完全敗北を喫するのが俺なのだ。


 ……俺は今、今世紀最大のキャラ崩壊を見せているような気がする。


「でさ! ここからが本題なんだけどね……」

「おう」


 いつも通り接しようとしてるんだけど、楓もいつもの明朗快活な楓じゃないと調子狂うんだよな。今日なんて特にずっともじもじしているし。


「今日の帰りに駅前のカフェ行かない?」

「うん。別にいいけど」


 なんだそんなことか。てっきりもっと重大なお知らせかとばかり。


『聡兄がデートに誘われたぁぁっ!』


 しかし俺の外面に対して、頭の中ではフクっちが狂喜乱舞していた。


『うるさい、いつものことだ』

『いつものことだと⁉』


 その通りだ。週に一回くらいは行っているような気がする。


「あ、あのその……話したことがあってというか確かめたいことがあって……」


 ただ何か目的があっていくのは珍しい。いつもだったら学校での出来事を話す、程度だったからだ。


「わかった、けど……」

『けど?』


 そう言えば地雷が最近家に住み始めたことを思い出した。


 フクっちも頭の中で俺の頭に問いかける。


「アンジェが一緒でもいいか? あいつに鍵持たせてないんだ」


 持たせた二時間後に無くしそうな予感しかしないので、本当に必要な時以外は極力持たせないようにしている。鍵を貸したのは天使総会の時くらいだ。


『ダメに決まってんだろバカ兄! アンジェちゃん、今日は夜まで散歩してなさい!』


 急にアンジェへのあたりが厳しくなったな!


 しかし、今ここにアンジェはいないし、そもそもいても聞こえないだろ。


『勘違いしてるようだが、別にデートとかじゃないからな? 説明すると――日課だ。たまに行くんだよ、幼馴染としてな』

『えーなんだよ、デートじゃないならあたし興味なーい』

『お前な……』


 フクっちもアンジェの次に性根が腐っていると思うぞ。


「うん。いい。アンジェちゃんは聡ちゃんの身内だし……」

「え?」


 アンジェが来ることは認めてくれたみたいだが、身内だと何か関係があるのか?


「じゃあ、また放課後!」


 特に弁明せずそう言い残して、楓は友達のところにさっさと帰ってしまった。


『どういうことなんだろうね』

『さあ? 俺もよくわからん。放課後のお楽しみってことだろ?』


 楓がいなくなり、当然俺は一人になった。別にボッチとかそういう悲しい生き物ではないのだが、今から話しかけに行くのもどうだろう。話に割り込むのは気が引けるし……。チャイムまで時間あるし、ラノベの新刊でも読むかな。


『フクっち、俺は今から本を読むから少し静かにしていてくれ』

『はいよー』


 という返事を最後に、即座にフクっちは黙り込む。


 かばんからラノベの最新刊を取り出して、ぺらぺらとめくり始める。うんうん、このイラストレーターの絵は実に素晴らしいな……。


「おはよう、柊城」


 えっ! 見え……見え……ないかぁ。あともう少しなんだけど……。


「おい、柊城聡馬?」


 お、これは激熱展開なのでは? 今から読むのが楽しみだ。


『聡兄、話しかけられてるよ?』

『おいおいフクっち、かまってほしいからって嘘はダメだろ』

『いや嘘じゃないし!』


 なんだよ、俺の脳内でゴロゴロ遊んでろよ、どんだけ俺としゃべりたいんだよ。


『わかったわかったかまってあげるよ』


 じゃあ、本当は怖いグリム童話のお話を――


「ひ、い、ら、ぎ、そ、う、ま?」

『ほら、やっぱり呼ばれてる!』

『このライトノベル面白れぇ!』

『めちゃくちゃ現実逃避してる⁉』


「聞こえてますかぁぁぁ?」

「全然聞こえてないし、耳元で俺の名を呼ぶメガネクールイケメンなんて知らない!」

『しかもべた褒めだ⁉』


「ふぅー」

「耳に息吹きかけんな気持ち悪りぃ!」

「ぐほっ、理不尽すぎる!」 


 思わず渾身の右ストレートが青年の頬を直撃していた。


「……ってあ、やべ」

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