4 新年早々学校で①
未だに冬将軍はこの町に居座っている。
玄関の扉を開けると、心臓をも凍らせるような風が入り込んできた。これは楓のクリスマスプレゼント――手編みの手袋が役立つな。
ブレザーのポケットに入れた手袋をはめると冬の寒さも三割ほど軽減された。カイロにも勝るあったかさだ。
「急げアンジェ、置いてくぞー?」
学校かばんを持ち玄関を出ると、アンジェを呼ぶために俺は声を張り上げる。結局アンジェは学校かばんの中をリセットし、ハンカチとかティッシュとか財布とか最低限必要になるものを入れていた。しかし筆記用具やノートも持っていく気はないらしい。まぁ今日は始業式で授業がないからいいんだけどさ……。
「はーい待ってくださーい!」
『おはよー』
アンジェを待っている間に、フクっちが脳内で二度寝から覚める。
あの超魔改造スピーカーを学校に持っていくわけにはいかないので、今日はいつも通り脳内で会話することにする。家にいるときだったら実際に口を開けて喋っても別にいいのだが、外出時は結構困るんだよなこれ……。スーパーに買い物に行った時も度々口に出しそうになったし。うっかり口に出してしまわないように、フクっちと話すときは細心の注意を払わなければならない。
『いいよなお前は学校がなくて』
『でも聡兄の幸福を記録しないといけないから結構面倒だよ?』
『とか言って今まで寝てたじゃねーか。どうせ自動で記録されるんだろ?』
『うっ、なぜばれたし……』
やっぱりそうか。
『本当にいる価値ないんじゃないか……?』
『今後そのセリフを言ったら頭に電撃走らせるよ?』
『は、フクっちそんなこともできんのかよ⁉』
『……できるわけないじゃん』
と、若干馬鹿にするような言葉が返ってきた。いやできないのかよ。神様の力ならば自爆装置の一つくらい容易く作れただろうに。
「お待たせしましたー」
フクっちとの朝の脳内談義を終えると、準備を終えたアンジェが玄関から出てきた。日に当たる姿を見たのは初登場の時ぶりで、リビングで見た時よりも鮮やかな藍色の制服が目に飛び込んできた。
『おおお。さすが美少女だね、いきなり制服を着こなしてる』
『だな』
認めるのは悔しいが、確かに着こなしてやがる。こりゃ転校早々ファンができて、『美少女転校生現る!』とか言われるんだろうな。外面はいいからな、外面だけは。
「ギリギリだ。行くぞ」
そうして俺とアンジェは学校に向けて歩き始める。
「あれ、楓さんはどうしたんですかー?」
『楓って?』
『そっかフクっちはまだ会ったことなかったか。楓は俺の幼馴染なんだよ』
『ああ聡兄が命を懸けて守った子かー』
『お前時系列的にはしらないはずじゃ……』
『基本情報ですから!』
幸福ゲージの箱に特注と書いてあったのは、神様が基本情報を学習させておいたからか……。
「楓は委員会があるんだってさ。体育委員会。それで一時間早く出たって」
学校がある日は楓と登下校するのが俺のルーティンというか幸せ、なのだが今日は朝早くから今年の体育祭についての会議があるらしい。朝、ラインを見るとそんなことが書いてあった。……まだ四か月くらい先の話なのに、大変だなぁ。そしていちいちラインで言ってくれるなんて、健気な子だなぁ。アンジェも少しは見習えよ。
「委員会?」
しばらく間があいたと思ったら、隣を歩くアンジェが首をかしげていた。ああそうか、流石に意味は知らないか。
「委員会って言うのはな……ええと、これ意外と説明しづらいな……」
『学校をよりよくするための仕事、とかじゃない?』
突然天からお告げが来た、と思ったらフクっちだった。
「なんでフクっちが知ってんだよ」
『ほら、あたしマンガとかラノベとか読むじゃん。それで』
一体全体どういう原理で読めているのかはわからないが……確かにフクっちの言うとおりだ。
「……ってあ」
「?」
いきなり脳内で話しかけてくるものだから咄嗟に口に出てしまったじゃないか。今アンジェ以外に聞かれていたら危ないところだった。誰かに聞かれでもしたら翌日から学内での俺のあだ名が『空気と話す男』になってしまう。なんだそのちょっとかっこいいあだ名。
「そう言えばスピーカーを持ってきてないので、私、フクっちさんと話せませんねえ……。無線機を魔改造すれば話せるようになるかな……?」
またアンジェが『魔改造』だろか怖いことをぼやいていた。どんだけフクっちとしゃべりたいんだよ。その執念をもっと別のところに使ってくれよ。
「話を戻すが……フクっちが脳内で教えてくれた通り、委員会っつうのは『学校をよりよくするための仕事』だ。生徒は全員委員会に入ることになってる」
俺は美化委員会だ。それにした理由は仕事が少なそうと思ったからである。
ちなみに今年度のクラスの委員会決め会議では男子は美化委員会と体育委員会に二分された。前者は多分俺と同じ理由もしくは三分間に一度床掃除をしないと死んじゃうくらいの掃除好き。後者はもちろん女子枠に楓がいたからだ。そう言えばとある男子を筆頭に体育委員会志望の男子枠(1)をかけて白熱したじゃんけん大会が繰り広げられていたっけ。……熱狂的すぎて怖いようちのクラスの男子。
また隣を見るとアンジェがとても青ざめた顔をしていた。
なんとなく理由は分かってしまうのがどことなく悲しい。
「ソーマさん、お腹が痛いので帰ってもいいですか?」
「『言うと思った!』」
フクっちと同時にその言葉が出た。
「お前は転校生だから委員会はないんじゃないか? まぁ、もし四月までに天界に帰れなかったらやらされると思うけど」
アンジェが委員会でこき使われている姿を想像すると思わず笑みがこぼれてしまうが、そうなるには実際にあと三か月も共に生活しないといけない。絶対だめだ俺が死ぬ。
俺が死ぬ代わりにアンジェが一か月に一回ほど嫌な顔をして働く。全くフェアじゃない。
「三月末までに幸福ゲージがマックスになってなかったら、その後天界に戻れたとしても一生恨みますからね」
「どんだけ働きたくないんだよ」
「私にとって労働は死を意味します」
「そんな豪語されても……」
世の中には『働いたら負け』という虚しい言葉があるが、それを凌駕するパワーワードが生まれてしまった瞬間である。どこかの社会評論家がこの言葉を発せば、近年話題になる『過労死』や『ブラック企業』などが連想されるが、ニート中のニートことアンジェが発しても、残念な意味でしか受け取れない。
『まぁこのペースで行けば一週間くらいでマックスになるけどね』
フクっちデータベースによるとそうなるらしい。できればもっと早い方がいいんだけどな。
家から高校の距離は意外と短い。徒歩でおよそ五分ほどだ。
県立海浜高校は県立高校にしては校舎が新しく、私立高校と肩を並べられるくらいにはきれいだ。俺は自宅までの距離で選んだが、意外と校舎のきれいさで選んでいる人も多い。
「おお! ここが学校ですかー!」
アンジェは正門の前に立つと一度止まって、学校の全体像を一望する。
『なんかすごい視線を感じるんだけど……』
フクっちは俺と視覚共有(と言う名のテレビ)してるため、全く同じことを感じていた。
『多分アンジェだろうな。顔だけはかわいいもんな』
男子も女子も関係なく、アンジェのことを見ていた。それは奇怪なものを見るような目ではなく、羨望もしくは期待の眼差しだった。写真を撮るものもいた。もし俺がこいつの内面を知らなければ同じことをしていたに違いない。
こうなるだろうな、とは思っていたけれど何故だか悔しい。今にでも化けの皮を剥がしてやりたい。
モテるやつを苦しめたいと思うのは、モテないやつの悲しき性だ。
「おいアンジェ」
「はい、なんでしょう?」
「ここで分かれるぞ。俺はこのまま教室に行く。アンジェは事務室に行け。多分そこで手続してもらえるはずだ」
事務室は昇降口ではなく職員出入り口から言った方が近いため、指さしで場所を教える。
神様のご都合主義で簡単に手続きできるだろう。しかもどうせ俺と同じクラスになるんだろうな。違うクラスになったらなったで大変なことが起きそうだし。こういうやつは手元に置いておく方がまだ安心できる。もし何かが起きればすぐに火消しができるからな。
「わかりました、では!」
「くれぐれも迷惑かけるなよ」
「大丈夫ですよ。あ、ソーマさん」
数メートル先に進んだアンジェが振り返る。
「なんだ?」
「転校生イベントはちゃんとやるので楽しみにしておいてくださいね」
そう何故か自慢げなセリフを残して、また事務室の方へ歩いて行った。
「はぁ?」
なんだよ転校生イベントって。びっくりするような仕掛けでも考えてんのか?
『今の意味わかるか?』
『さぁ、なんだろうねー』
フクっちは機械音声ばりの棒読みで答えてくれた。絶対意味わかってんじゃんか。
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