3 アンジェさんは学校に行きたい。③

「……んじゃ、持ち物の確認するからバッグ持ってこい」

「はい!」


 アンジェは尻尾を振った犬みたいにご機嫌をよろしくすると、近くにあったスクールバッグを手繰り寄せる。……どうやらパンパンに詰まっているらしく、そんなスクールバッグは今にもはち切れるんじゃないかってほどに膨張していた。


 入学初日から何をしようとしているんだこいつは。


「……よっこらせっ」


 農家のおじいちゃんみたいにアンジェは自分を軽く鼓舞して、持ち上げる。まるでオリンピック競技にある重量挙げだ。そしてそのままテーブルの上に置いた。


「ふう……。高校ってこんなに持ち物あるんですね。しかしこんな簡単な試練、私の手にかかればちょちょいのちょいですよ」


 アンジェは鼻高々にキメてみせると、出てもいない汗を拭う仕草をする。


 いや待ってよ。高校にそんな試練なんて存在しないし、もしあったとしてもそれは『人間関係』とか『定期テスト』とかじゃないのか?


 それにしても中身が気になるな。パンドラボックスかよ。怖いよ。


「よし、検閲タイムだ。アンジェが不必要なものを持ち込んでないかチェックさせてもらう」

「いーですよ。ソーマさんもあまりの完璧さに感動で涙が出てしまいますから」


 その反応は絶対におかしいだろ。


 俺は恐る恐るアンジェのスクールバッグのチャックをつまんで、開く。


「あぁぁぁぁ」


 心の中で叫ぶはずが、あまりにも無残な光景だったため思わず声を漏らしてしまった。


 その中には……それはもうアンジェらしいというかなんと言うか、とりあえずあれだ。


 アンジェは悪い意味で期待を裏切らない、ってことが証明されたな。


「ゲームはダメと言ったからこれを入れたのか? なんだ、お前は一休さんになって頓智でも披露したかったのか? それとも学校をマンガ喫茶と勘違いしてるのか?」


 スクールバッグから発見されたのは大量の漫画。その数なんと二十冊。しかも俺が持っていない漫画まで入ってるじゃないか。……こいつ俺の金で漫画買いに行きやがったな。


 とりあえず漫画を全部取り出す。漫画を持ち込むのは校則違反なので、普通にダメだ。


 もしこんなのが見つかってしまったらアンジェはきっと「知らなかったんですぅ」とでも言い訳するのだろう。きゅるんと今にも泣きそうな顔をして、だ。


 そうしたらどうなると思う? 


 まぁ当然のごとく、自然の摂理のように、「柊城君。アンジェさんにしっかり教えなきゃ」と先生に呼ばれて怒られる。


 なんて迷惑で理不尽なんだこの世界は。ふざけんじゃねぇ。


「えー……」


 アンジェは俺をジト目で見つめると、何かぼそぼそと口に出している。どうせ文句だろうから無視して先に進もう。


 漫画が消えて結構すっきりしたのだが、まだ何か入ってるようだ。


 少し軽くなったスクールバッグをまた開いて、覗き込む。


「はぁ」


 と、見た瞬間。そんな溜息をついてもおかしくはないと思う。もはや漫画が入っていたことがわかった時に察しておくべきだったのだが……これはあまりにも酷い。


「アンジェよ」

「はい?」


 もはや狙っているとしか思えないほどのすまし顔で俺を見る。


「炭酸のジュースを1.5リットルも持っていく必要があるか? うまい棒を十本も常駐させる意味はあるか? トランプを持っていく需要はあるか?」


 質問攻めにして、またもやまくしたてる。しかしアンジェはやっぱりケロッとした表情で言うのだ。


「半日学校にいるわけですし、のどが渇いちゃいますよ。だから炭酸のジュースはマストアイテムです。袋状のポテトチップスはさすがにバッグに入らないのでうまい棒にしました。同じスナック菓子ですし、代替措置です。トランプは学校の皆でやったら楽しいかなーと」


 悔しいことになぜか言いくるめられてしまった。トランプはグレーゾーンだが、その他の物は持ち込んでも校則違反にはならないからだ。


 そう。別にこれを持っていったって、常識からは逸脱していたとしてもまだ許容範囲だ。


 だ、が、な――。


「まぁまだそこはいい。アンジェの常日頃の行動を見ていればわかる」

「今さりげなくバカにしませんでした? 気のせいですよね?」

「気のせいだ」

「ですよね」


 一旦会話が途切れたところで、業を煮やした俺はアンジェに喝を入れることにした。


「しかぁし! アンジェ! 筆箱とかノートとか勉強道具が入っていないのはなぜだ! お前は学校に何をしに行くつもりなんだ⁉」


 これこそ俺が怒る一番の理由である。結局スクールバッグの中もニート様式とかアンジェの奴、どこまでも抜け目がなさすぎる。ニート数点セットが元々禁止していたゲームを除いて全部そろっているじゃないか。


「青春ですよ?」


 小首をかしげるアンジェは不思議顔。


「お前の青春は漫画やゲームでしか構成されてないのか⁉」


 と、青春を漫画やゲームで構成している少年Hが語ってしまう。


 なにこれ、涙が出そう。おいおい途中経過が違うけど、アンジェの言った通りになってしまったじゃないか。


「違うんですか?」


 今度はもう片方に小首をかしげた。


 これでもマニュアルでちゃんと高校というのを学習しているらしいのだから恐怖だ。


「全然違うわ!」


 ダメだ。学校初日ですら耐えられない気がしてきた……。


 もうすでに俺、頭痛いんだけど。

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