2 アンジェさんは学校に行きたい。②

「なんでって、今日から学校じゃないですかー!」


 さぞ当たり前のように言ってはいるが、アンジェは学校に通っているわけではない。冬休みの間に来たわけだし。


「いや、俺は確かに学校だけどアンジェは違うだろ?」


 今日俺たちの高校は三学期の始業式。アンジェには家の留守でもしてもらおうと思っていたところだ。


「いえいえ、アンジェも今日から『高校生』になるんです」


 腰に手を置いて威張るように笑うアンジェ。それは悪い冗談だ。


「あのなアンジェ、お前がどこで頭を打ったのかはしらんが『高校生』ってのは制服着れば誰でもなれるってわけじゃねーんだぞ?」

「ええ知っていますとも。マニュアルは読んでいるので」 


 またそれ頼りか。あのマニュアルは一体何を目的としているのだ。


「でもそもそも戸籍とか住民票とかその他諸々持ってないだろ、天界から来たわけだし……ってまさか」


 俺はそれら色々な民事上の諸問題を解決してしまう術を一つ知っている。


 そしてやはり予想は当たっていたみたいで……。


「神様の力で学校にはすでに手続きをとってあります! 今日から転校生として学校に通うよう神様が手配したんですよ」


 ですよねーさすが神様TUEEEEEの人間界。ルール適応外のなんでもありなようだ。


 でもなんであのぐうたらアンジェが学校へ行くことになるんだ? 勉学に興味があるとか……いやあり得ない、あり得なさすぎる。


「アンジェ大丈夫か? やっぱり頭でも打ったのか? どうせ保険証も持ってるんだろ病院行くか?」


 俺はアンジェの肩をつかむとグワングワン揺らす。


「わぁぁぁぁ、全然大丈夫ですし、あと気持ち悪くなるんでやめてくださいぃ!」 


 言われた通り、肩を揺らすのは止めておいた。その代わり、今度はアンジェの肩をがっしり掴んで問い詰める。 


「いや、見事にヒキニートの鑑みたいな生活を送っているお前がそんなことを言うはずがない。なぜだ。まさかお前、アンジェの皮を被った偽物だな!」


 特に給食が出るわけでもないし、学食がミシュランガイドに載るレベルでもない。ゲームセンターがあるわけでもないし、図書館にマンガは置いていない。


 だからこいつが学校に行く理由が見つからない。


「本物ですって見てくださいほら!」


 そう言って、アンジェは自分のほっぺたを軽くつねった。確かに、体は本物みたいだ。体は。


「じゃあ誰かと心が入れ替わってるんだろ!」

「んなわけないじゃないですか⁉」

「嘘……だろ? お前、本当にアンジェなのか……?」


 一歩どころじゃない。三歩後ろに退いた。まさか、まさかな。


「さっきからソーマさん、ものすごく失礼な気がするんですが」


 アンジェがジト目で俺を見つめる。


「一回自分の生活態度を振り返ってみてくれ。全ての答えがわかると思う」

「はい! ……色々とすいませんでした」


 アンジェは脳メモリーに思案を張り巡らせると、何か思い当たる節があったのか、頭を下げた。


 この堕天使、変に律儀なところがある。


「なんでそんなに学校に行きたいんだよ」

「そうですねぇ――思い出づくりみたいなものでしょうか」

「思い出づくり?」


 そんな死に際か転校前にしか言わないであろう願いを、アンジェは叶えたいというのだ。


「このままフクっちさんの幸福ゲージが上がっていけば、予定よりも遥か早めに天界に帰れるんですよ」

「確かにそうだけど、それは俺の運次第だろ」


 幸せになれるようなイベントが起こらなければ、当然幸福ゲージも上がらない。これはただ単に『鬱ゲー』にならないように祈る他ないだろう。


「私は一度天界に戻ったらもう一生下界には降りません」

「どうせ天界に戻って引きこもり生活を謳歌したいだけだろ、今もしてるけどな。しかも三食プラス寝床つきで」


「ソーマさんのご飯が食べれないのは残念ですが、もう誰からの制約も受けずにひっそりとテレビゲームをプレイできるのは素晴ら――ってソーマさんはいつから私の考えてることがわかるようになったんですか⁉」


 希望願望その他もろもろを口から垂れ流していたアンジェが、珍しくノリツッコミを見せてくれた。しかし残念、俺がテレパシーを使えるのはただいま睡眠中のフクっちだけだ。


「ってか、あってるのかよ、ちょっとは否定してくれよ」


 もうこいつのオーラからは更生の二文字が見当たらない。


 ニートを社会適合者にしたいってのは何となくわかるが、これはきっと手遅れなタイプみたいですよ、神様。


「それで、ひと冬の思い出って言うんですか? どうせ帰るのだからちょっとくらいは地球で何かやっておきたくて。ほら、いるでしょ観光地とかに自分の名前刻んじゃう人」


「いるけどなんでお前がそれを知っているんだよ」

「地球の基本知識です」


 そんな基本知識があってたまるかってんだ!


 さらにアンジェは続ける。


「だから高校っていうところに行ってみたくなりましてですね。あと一応楽しい青春を送れるようにそれなりの仕事はしようと思います」


 普通の人が言っていても特に何も感じることはないが、アンジェにしては問題発言なのである。『仕事をする』って言ったんだぜこいつ! 


 うわぁぁぁ気持ち悪いぃぃ!


 そのセリフのせいで、軽く蕁麻疹が起きそうだ。


 そういえば当初の目的は『楽しい青春を送る』とかだったな。アンジェのせいで全て記憶のかなたにすっ飛んでいってしまっていたよ。


 で、結局青春のお手伝い、って何をしてくれるんだよ。


「うーんそうだな……」


 アンジェが高校か……まるで不安材料しか残されていないんだが。


 まあ、転校生の準備としては神様のお力で問題はないみたいだし。めんどくさがり屋なアンジェがそんなことを言うのも稀有だしな。優しさとかそんなのではないが、それくらいは認めてやらないこともないだろう。


「お前が迷惑をかけないって約束をしてくれるんだったら、いいぞ」

「迷惑って、例えば?」

「そうだな……授業中に騒ぎだすとか。ゲーム持ってきちゃってそれがバレて没収とか……」


 もう少し考えればもっとあるそうだ。数えようとしても切がない。


「さすがに私だってそれくらいはわきまえますよ、なめてるんですか?」

「はぁ?」

「わ、わかりましたからその拳を今すぐに閉まってください。妙に怖いんですけど⁉」


 本能の赴くまま、気づかず俺は拳を突き出していた。どうやら俺はこいつのことを本心から嫌っているようだ。


「ご迷惑はかけませんから大丈夫ですって!」


 アンジェは俺への必死な御機嫌取りに忙しい。フラグのような気がするのは俺だけだろうか。


 ま、いいか。どうせ数日間の転校生なのだ。どうにかなるだろう。


「……んじゃ、持ち物の確認するからバッグ持ってこい」

「はい!」


 アンジェは尻尾を振った犬みたいにご機嫌をよろしくすると、近くにあったスクールバッグを手繰り寄せる。……どうやらパンパンに詰まっているらしく、そんなスクールバッグは今にもはち切れるんじゃないかってほどに膨張していた。

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