3 幸福ゲージに頼るしかねえ。下
そろそろ神様が言っていた一時間が経つ。
俺はこの一時間の間、顔を淡紅色に染め、ソファーの上で体育座りをし、銅像のように動かず、死んだ目をしながら、何もせずただぼぉーっと床の上のホコリを見ていた。
あぁ恥ずかしい。こんな恥ずかしい思いをしたのはいつぶりだろう。そうだ、『Wi-Fiの読み方をウィーフィーだと思っていた』事件ぶりだ。ちなみに昨日のことである。
そうだよ。どおりで話が通じないと思ったんだよ。俺今までずっと「ウィーフィーつながった」とか言ってたのか……。超恥ずかしいじゃん。
いや待てよ。なんで読み方が『ワイファイ』なんだよ。おかしいぞ。『アイ』って読むときは単語の後ろに『マジックe』がやって来るんじゃなかったのかよ。なんだやっぱり俺が正しいんじゃないか。『ワイファイ』って読んでるやつは今から中学一年からやり直してこい。
ピンポーン。
若干自暴自棄になりかけている俺を落ち着かせるように、家のインターホンが鳴った。
「はーい」
まぁ出てみれば案の定、宅配便だった。アルバイト感満載の青年が小包を持って立っている。付け足すと全く名も知らぬ宅配業者なので、きっと向こうの世界の宅配業者だと思われる。
「神様からの荷物を届けに参りましたーっ」
青年は朗らかな笑みで俺に小包を渡し、丁寧に会釈をすると「では、またの機会に」と言い残して去っていった。
宅配されたのは小包は手に収まるくらいの小ささで、さらに異常なまでに軽かった。箱の中身が全部発泡スチロールなんじゃないかと思うほど。
俺は小包のガムテープを剥がし、中に入っていた少々高級そうな白い箱を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「なんか……緊張するな」
恐る恐る箱に手をかける。玉手箱を開ける浦島太郎のようだった。
いざ……、開けてみるとそこには二つの物が入っていた。一応大事そうにその周りを発泡スチロールが埋めている。
一つは見てもわかる、いわゆる説明書。というか丁寧に『特注・幸福度指数カウントゲージ(通称:幸福ゲージ)』だなんて表記もされている。
もう片方は……リストバンドだろうか。簡単に説明をしてしまえば薄い金属のような素材でできた唐紅の輪っか。
多分この輪っかを腕にはめればオーケーなのだろう。しかしここで失敗してもいいことはないので、とりあえず説明書に沿って進めることにした。
ということで結構厚めな説明書を中から取り出すと、一ページ目を開く。
「えーと何々?」
『1・幸福度指数カウントゲージ(以下:幸福ゲージ)を腕にはめる。(素材は一見金属ですが、天界のみに存在する伸縮可能な
『2・しっかりとはまると幸福ゲージが自動で起動し、あなたの脳内に寄生プログラムを送り込みます。寄生プログラムが完全に脳内にインストールされると幸福ゲージがあなたの脳内に話しかけますのでそれに応答してください(無視しないでください!)』
『3・幸福ゲージから説明、注意事項をお聞きください(詳細は本書に記載しておりますのでご安心ください)』
『4・説明を聞き終えたら、本書が入っていた箱の底をご覧ください』
『5・それでは幸福ゲージと楽しい毎日をお送りください!』
これがおおまかな流れだった。天界仕様にしてはすごく丁寧だな……ってあれがおかしいだけか。
とりあえず……はめてみましょうか。
俺は唐紅の美しい光沢がある幸福ゲージをヒョイと持ち上げる。見た目の割には随分と軽い。素材はレドジウムとか言っていただろうか、なかなかに高級感が漂っている。
「ええと、このまま腕に通せばいいのかな?」
衰えまくった細い腕に輪っかを通す。すると急に自動でそれが縮んでいき、ついにはピタリと俺の腕に留まった。腕を振っても動かないし、落ちもしない。
「うおっ」
そういえば説明書に『伸縮可能』とか書かれていたっけ。すごいなレドジウムとやら。しかもちょっとオシャンティー。
自称好奇心旺盛な俺は幸福ゲージをぺたぺた触ったりして付け心地を実感していた。四六時中つけなければいけないものだから、うざったくないか心配だったが、そんなこともないようだ。きつ過ぎず緩過ぎず、全く気にならない。
と、未知の超物質に目を輝かせていると、
『ただいま、プログラム移行チュウ。ただいま、プログラム移行チュウ。しばらくお待ちください!』
そんな声が聞こえた。しかしそれは機械音声などではなく、……元気で甲高い、明らかなほどの少女の声だった。しかもそれは耳からではなく、脳にテレパシーが送られてくるような感じ。送られてきたことは一度たりともないが、その説明が一番適格だと思う。
うーん。悪寒が走る。
そう。毎回のように非日常にぶち当たるスペシャリストの柊城聡馬君には理解できる。――嫌な予感がする、と。
『寄生プログラム移行完了!』
脳内寄生幼女はさらに続ける。
『ちわーっす! 幸福ゲージです、これからよろしくねっ!』
「……よろしく」
嫌な予感はお見事に的中したようだ。
もう俺は驚かないぞ。脳内に寄生したのがただの人工知能じゃなくてロリでも全く驚かないね! へっ! あれ、そこじゃなくね?
『直接言葉を発しなくても脳内テレパシーで会話できるよ?』
『あー、あー。こんな感じか?』
『そうそう』
「おおっ」
おいおい、すげぇな脳内テレパシー。これなら【一人でしゃべっているヤバいやつ】にならなくて済むな。というか流石の俺も驚いちゃったよ。
『なぁ幸福ゲージ。説明書の手順通り、その説明を頼むよ』
『ってかさー、幸福ゲージって名前すごくダサくない?』
『は……?』
早速幸福ゲージさんに話の路線を捻じ曲げられた。
そんなことどうでもいいような気がするけど、きっと俺に考えろって言っているのだろう。俺のネーミングセンスが火を噴くときが来たようだ。なんて言ったってその満足度驚異の三%。
『そうだなー。幸福ゲージだから《フク》を取って……《フクっち》なんてどうだ?』
『超スーパーウルトラダサいんですけど。もしかすると《幸福ゲージ》よりもダサいんですけど』
噴煙から落ちる火山灰は全部俺にかかったようだ。おかしいな。俺のネーミングセンスがわからないとは……まだまだおこちゃまな証拠だ。
『じゃあなんなら良かったんだよ』
『もっとかわいいやつだよ! 例えばハルコとかナツミとかアキホとかチフユとか!』
『んじゃ《フクっち》決定で』
『なんでよ!』
幼女の怒り口調が脳によく響き渡る。
『いや、俺的にはそのどれよりも勝るなーと思ってさ』
というより人工知能にそんな名前つける人はおらんだろうに。それだったら絶対に俺が名づけたやつの方がいいと思う。
『……まぁいいやフクっちで。そんな嫌でもないし。んーじゃあ、あなたの名前は?』
脳内寄生幼女は名づけ論争に降参すると、今度は寄生主である俺の名前を聞き出そうとする。天界の超発展技術を用いた脳内プログラムとやらでも、流石に読み取れはしないようだ。
『ヒイラギソウマだけど……』
『じゃあ聡兄ね』
『それこそなんでだよ⁉』
いきなり寄生してきた幼女にお兄ちゃんと呼ばせるほど俺はド変態ではないので、そこはしっかりと言い返した。
『だって男の人は《お兄ちゃん》とか《○○兄》とかで呼んであげると喜ぶんでしょ。中にはお金払ってくれる人も……』
そんな人はいない。……きっと。俺は全日本国民男性を信じるぞ。
『フクっち……男が全員ロリコンという考え方は間違っているぞ。すぐさまそれをお前の辞書から削除しろ。いいか日本人男性はな……全体の四割がロリコンなんだ!』
『聡兄はロリコンじゃないの?』
『ロリコンじゃない。ロリ声の女の子に兄呼ばわりされることに少々快感を覚えたが、俺は断じてロリコンじゃない』
『それってロリ……』
『さて、そろそろ幸福ゲージについて説明してもらおっか!』
俺はフクっちの発言を、遮るように言い放った。
『その話はあとでしっかり聞くとして……じゃあ説明していくね』
『おう。やっとだな』
名づけとかロリコンがどうとかで話が反れまくっていたが、ようやくここで本題に入ることができた。
『超簡単に言ってしまうと、幸福ゲージの仕事は《寄生主の幸福》を数値化させること』
『いや全然わからないんですけど……』
『じゃあ表示させるねー!』
表示させる? 一体何を?
と、少し考えたところで俺はとある違和感に気づいた。
『……な、なんじゃこれ⁉』
俺の視界の左下にデジタルな緑色の文字で『幸福数値0%』と書かれていたのだ。まるでRPGゲームをやっているかのような感覚だった。
『そ。それが幸福ゲージ。んで、多分それが100%になればクリアってことになって、聡兄の願いをなんでも一つ叶えられる』
『なんでそんなアバウトなのよ……』
フクっちは『解除』と言うと、その文字は次第に薄くなり、最終的には何事もなかったかのように消えてしまった。
『あたしも詳細は分からないからねー。ほら、基本データしか搭載されてないし……。えーと、マニュアルにはプログラムをよく読めって書いてある。あと……、そうそう。その今腕にはめているリングは幸福ゲージがマックスにならないとはずれないよ』
俺はそのレドジウムリングをじっと見つめる。いや、別にかっこいいから外れなくてもいいけどね。
『壊れたりしないのか?』
『ふふーん! そんなことはありえない! なんて言ったって防水防塵高耐久! 天界最高の物質だから大丈夫! ほら見て奥さん!』
『勝手に俺の脳内でテレビショッピングを始めないでくれ。あと俺はおくさんじゃない』
『えっとね、基本データには《地球で言うところの、東京ドーム二個分》の硬さらしい』
いやいやいや東京ドームって面積の例えじゃん。東京ドームの硬さってなんだよ。コンクリ? しかも×2? めちゃくちゃ硬いじゃん。なんだわかりやすい。……わかるわけがない。
『次に……、なんか質問ある?』
『あ、はいはい。聞きたいことがあったんだ。俺の脳内にいるってことは俺の考えてることがまるわかりってこと?』
『大丈夫。共有するのは視覚、聴覚、嗅覚、味覚だけだから。思考に関してはぷらいばしー? とやらでアクセスの規制がかかっちゃてるのよ』
結構プライバシー侵害されてたと思うんですけどね。
『じゃあ最後に――箱の底を見てって書いてあるんだけど……』
あったなそんなの。
俺はレドジウムリングが入っていた箱を手繰り寄せると、箱の中の発泡スチロールを外へ出し始める。
「お、こんなところに……ラッキー!」
箱の底にあったの金に光り輝く500円玉だった。
そしてそれをおもむろに取り上げると――、
『テッテレー! 幸福ゲージが5上がったよ!』
フクっちの甲高い声が脳内で鳴り響いた。
「おわっ……! なんだよ、びっくりしたわ!」
対して俺はいきなり鳴った音に驚き、500円玉を宙に放り投げる。
そして消されていたはずの幸福ゲージがまた左下に浮き出ると、パーセンテージが0から5に瞬く間に変わった。
『ああ、チュートリアルってことか。それにしてもこんなに上がるものなんだな』
『いやぁ、流石にあたしもこんな上がるとは思ってなかった。これは意外にも早く目標達成できそうだね』
500円玉見ただけで5も上がるとは……。一週間ほどで終わってしまうんじゃなかろうか。話が旨過ぎるような気がするが、まあいい。
『でも早いにこしたことはないからな。これから短い間よろしく頼むよ、フクっち。そう、短い間な』
『じゃあ一応寄生主の聡兄にも言っておくよ、よろしくね、超短い間』
フクっちも俺同様、『短い間』の部分を強調して言った。
そして今、俺のミッションがスタートする。
《現在、幸福ゲージ5%》
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