episode2 脳内に、幼女が寄生しているんだが。

1 どうやら外出するらしい!?

 この家に大音量スピーカーが届いてもう一週間以上が経つ。


 間違えた。


 えっと、この家に俺のラブコメメインヒロインが登場して……。


 間違えた。的をかすってすらないな。


 うーんと、この家にポンコツコスプレ癖天使が来て……。


 あ、これだわ。間違いなくこれですね。


 そんなポンコツコスプレ癖天使さんは俺の反対側の席に座ると、朝食のオムレツをむさぼるように口に放り込んでいく。……というよりはむしろ朝食が吸い込まれていると言った方が正しいのではないか。吸引力の変わらないただ一つの掃除機かよ。


「はぁぁっ。今日もナイスなテイスティングですー」

「ああ、そりゃどうも」


 アンジェはルー何柴さんなんですか、といいたくなるような味の感想を述べる。そしてそんな幸せそうな彼女を気怠そうに見つめる俺。気分的には全く対極にいる。


 結局アンジェは家事の手伝いなんて全くしなかった。どうやら俺の『ONLY MY WISH』を天界に飛ばすことはやめたらしいのだが、それ以外は「知りませーん」の一点張りらしい。あの『娘の成長』を見た時の感動はなんだったのか。


 朝起きてはゲーム、昼には昼寝をかまし、夜遅くまでリアルタイムでアニメを見続ける。まぁ典型的なヒキニート生活を謳歌しているのだ。


 いつの間にか完全に令嬢と下僕の関係が成立していたわけである。


 あれ、青春がなんとかってなんだっけ。同居系ラブコメはいつの間に『家に引きこもる娘を説得する』みたいな感動系ファミリーストーリーに置き換わっていたんだ。あれれー、おかしいなー。


「あー、そうでしたそうでした」

「ん、なんだ?」


 アンジェは何か思い出したことがあるらしく、持っていたスプーンを一旦皿の上に置いた。


「私、今日外出するんです」

「そうかそうかいってらっしゃい。遅くならないうちに帰っておいで」


 アンジェの本日の日程を聞き、熱いお茶をズズズと吸うように飲むとお母さん的な反応で返答する。ついにわが娘もお外へ遊びに行くようになったのね。ホロリ。ん? ホロリ? へ、今なんて?


「ブハッ! がががががががががが外出!?」


 思い切りお茶を吹いてしまった。そりゃ当然だ。今まで楓の家以外で外に出てないんだぞ? 今日は雪……いやいや隕石で地球滅亡かな、それは困るが。


「そんなに驚くことですか? ソーマさん私にどんなイメージ持ってたんですか」

「ええと、ヒキニート。役立たず。ポンコツ。コスプレ癖……ごめんあと18個あるんだけどここで切るわ」


「そんなに……。ソーマさん、流石に鋼鉄のメンタル持ちの私でも傷つきますよ?」

「あ、自覚はあるんだ」


 指を折りながら日々の鬱憤を吐き出していった俺。少し爽快だったことは言うまでもない。


 対してアンジェは思わぬ罵倒に珍しくしおらしくなる。


「なんで外出なんてするんだ、珍しい……」

「いやー本当は家にいたいんですけどねー。向こうに用事がありまして……」


 アンジェは人差し指で向こうを指さす。その方向にあるのは俺の部屋だぞ、と本来であれば言えるのだが、多分それよりもはるか上に用事があるのだろう。


「天界ってことか?」

「ピンポンピンポーン!」


 俺が回答するとすぐにアンジェが頭の上で両手を使って丸を作ってみせた。しかし天界に用事ってなんだ?


「天界に行ってなんかすんのか?」

「いやーそうなんですよー、実は今日『天使総会』ってのがありましてね。一か月に一回地球上で働いている私の仲間たちが一斉に集まって報告しあうんですよ。それで天界から召集されまして」


「へー、他にも天使っていたんだな」

「そりゃたっくさんいますよ」


 ということは神様の施しで生き返った人が何人もいるってことか。ほんとどうなってんのこの世界の生命システム。


 それにしても『天使総会』ね。なんかすごい本格的な響きがするんだけど、アンジェみたいなコスプレイヤーがゴロゴロいるってことなのか? もしそうだとしたら偏差値20くらいの会話が四方八方に飛び交うってことだよな。恐ろしい、恐ろしすぎてむしろ興味ある。


「そこでどんな会議するんだ?」

「んーと最近の世界情勢とか……。あと『天使の評価シート』とかを見せ合ったり……ですかね」


 世界情勢を語り合うとか……悲惨なのが目に見えている。


 『A天使:株価大暴落だね』

 『B天使:じゃあカブの値段がめっちゃ安くなったんかなwww』

 『C天使:草不可避wwwwwwwwww』

 『アンジェ:このゲーム楽しいですー』


 頭悪っ。そしてどこがおもしろいのかもわからねぇ。さらにアンジェお前会議にすら参加してないじゃないか。なにこれ終末ですか?


 あと『天使の評価シート』って言ったよね。俺そんなの知らないんだけど。


「あのアンジェさん、評価シートというのはなんのことでしょう?」

「あぁそうですね。……ええとこれです」


 アンジェはアニメのコスプレ衣装から一枚の用紙を出した。そこには『人間側記入の天使の評価シート』という大見出し。下の質問欄は全て埋まっている。しかし俺は全く書いてないし、見たこともない。これは……。


「おい、アンジェ。説明してみろ」

「はい。ソーマさんだと絶対にボロカスに書くので、代筆としてこの私が書いてあげました!」

「それは代筆とは言わん。偽書ってんだ」


 アンジェが代筆したというその完全なる偽書に目を通す。そこに書いてあるのは二つの質問。


 そして俺は、顎を触りながら目を細める。


「うーん……」


 やはり思っていた通り美化されすぎだった。というよりほぼ嘘に近いんじゃないかとさえ思う。むしろ真反対のことしか書かれておらず理想まみれのご回答だった。


 自分で書いていて恥ずかしくなかったのか……?


「なぁアンジェ? よくこんな嘘まみれの報告書出そうと思ったな」

「えぇどこが嘘なんですか? 私はソーマさんの思っている心の声を包み隠さず書いたつもりなんですけど……どこか間違ってました?」

「全部だよ!」


 知っているくせにそれを真顔で言うもんだから、少し苛立ってしまい思わず声を張り上げる。


 そうだ、俺の心の声が聞こえているならそんな天使の模範生みたいな回答には必然的にならない。即堕天使認定されそうな回答が並ぶはずなのに。


「じゃあ推敲していくぞ」

「えぇなんでですか、いいですよこのままでー」


 アンジェが用紙を戻そうとしたので、それを無理やりにもひったくる。


「はい早速、クエスチョン1な」


『Q あなたはその天使のことをどう思っていますか?』

『A かわいい。キュート。プリティ』


「まんまじゃないですか。ほら、私実際にかわいいですし」

「はぁ。そこじゃないんだよ……」


 俺は片目でアンジェを見た。自慢げにどや顔をしていた。まぁかわいい、かもしれないけどっ。……ってなんで俺がツンデレ役やってんの、気持ち悪。


「なんで『かわいい』三連チャンなんだよ。どんだけかわいいんだよ。俺の頭の中お花畑かよ。脳内ミラクルお花畑野郎はこの家に一人でいいわ」


 嘘です。一人もいらないです。


 うーんそうだな、あまり悪いことも書いたらいけないだろうし……。あ、そうだ。


『A お花畑(みたいでかわいい)』


 おっと、俺は稀代の天才なのかもしれない。かなり満足な回答。


 俺はクエスチョン1の回答を消しゴムで消すと、その解答欄にそんなことを書いた。カッコ書きは、まぁ補足みたいなもんだ。うん、きっとそう。


「ソーマさん、それは褒め言葉として受け取っていいんですか?」

「あ、うん、そうだな。さて次はクエスチョン2だ――」


 話をそらすように次の間違えた質問に移行する。


 俺は次の質問を見る……やはり次もひどい。


『Q その天使は家ではどんな生活をしていますか?』

『A 家事全般ですね。自分は自堕落な生活を送っているので』


 あれおかしいな、天使って俺だっけ。と声を大にして言いたい。家事をしているのは俺、自堕落な生活を送っているのはアンジェだ。


「何普通に嘘ついてんだよ」

「いやぁー、盛り付けすぎましたー?」

「モリモリでてんこ盛り過ぎて、どこが補正されたのかが分からないんだが……」


 うーんそうだな。この質問だと……。


『A 毎日のように自宅の警備をしてくれています』


 書き終わるとともに間髪入れずにアンジェが突っ込みを入れた。


「あのソーマさん、それってヒキ――」

「皆まで言うな……。そ、そうだアル〇ックとかセ〇ムみたいでかっこいいじゃん?」


 なんか違う気もするが今は触れてはいけない。根本が違いますというツッコみも、今はNGで。


「それが何かは分かりませんが……、まぁいいです。このシートを提出しても一応問題なさそうなんで」


 そう言うとアンジェは用紙を折りたたむとアニメのコスプレ衣装のポケットに入れる。そして確かめる程度に壁掛け時計をちらりと見た。


「……ってあ、もうこんな時間じゃないですか。では行って参ります!」


 アンジェはいつの間にか完食していたオムレツの皿をキッチンまで持っていくと、すぐに玄関まで突っ走っていった。


 鍵閉め係のため、一応俺も玄関まで行く。


「じゃあ行ってきます! 今日の晩御飯までには帰って来ると思います。……そうですねー、今夜はラーメンと天麩羅とトンカツが食べたい気分ですー」

「……はいはいわかりましたよ」


 ぶすっとした表情でアンジェを見た。ポンコツ度だけでなく、食欲もヘビー級なのが面倒だ。


「では。行ってきま――」


 忙しなく駆け足で家を出ていく。そしてアンジェが語尾を言い終える前に扉が閉まる「バタン」という音がした。


「いってらっしゃーい」


 俺はそう言うと「もう一生帰ってきませんように」と深く念じながらアンジェを見送った。一応、近くの三叉路を曲がる所まで。


 ……家の玄関から出ていくなよ、天使の力でテレポートでもしてみせろよ。

 はぁ、つくづく残念な天使である。

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