11 一人余計なクリスマスパーティーです。

 時間は19時ちょうど。そして俺が今いるのは楓の家のダイニングテーブルに付属している椅子。


 はいそうです。クリスマスパーティなう、です。


 そう言えば何でリア充はクリパって言うんだろうね。最初それ聞いた時『栗ご飯パーティー』かと思ったよ。なんなの、リア充は俺ら非リアには理解できない暗号を作り出して世界征服しようとしてるの?


 眼下に広がるモダン調なテーブルの上にはクリスマスの定番料理たちが豪華に盛りつけられている。きっと楓とその母が作ったのだろう、とても美味しそうだ。


 対してその向こうの対岸――いつもだったらキラキラと眩しい南雲夫妻の表情は、明らかすぎるほどに暗雲が立ち込めていた。瞳には黒以外の色が見当たらない。死んだ目とはこういうものなのだと、俺は初めて理解した。


 どちらも「おいお前」という目線で俺のことを見つめている。


 そんな視線が辛すぎて思いっきり下を向くと、俺はただ冷や汗をだらだらと掻きながら、目の前のローストビーフを愛でるように、かつ血眼になりながら眺めた。もう目がからっからに干上がっているのにも関わらず、俺はそれをやめない。


 すごいなぁ。この肉厚と言い赤みと言い、お肉界のサラブレッドやぁ。と全く意味不明なローストビーフの見た目の感想を、某有名タレントが言いそうなセリフ調にして心の中でぼやいてみる。


 しかし俺のしょうもない現実逃避に、負けじと南雲夫妻は俺のことを瞬きもせず見つめている。怖い。殺されそう。まさに黙殺ならぬ目殺。


 それもそのはずである。俺の右隣に檻から逃げ出したチンパンジー、ではなく奇天烈もしくは奇想天外な衣装を身に着けた女の子が堂々と居座っているからだ。そんな彼女は俺たちの心理バトル(一方的)のことには目もくれず、よだれを垂らしながら眼前の料理に目を輝かせていた。


 そんな超カオスな状況に気づいたのか、楓が俺に助け船をよこすように言った。


「お父さん、お母さん? こちらは聡ちゃんの遠い親戚のアンジェちゃん。で、アンジェちゃん? この人たちが私の両親だよ」

「まぁまぁ聡馬君にこんなかわいい親戚がいたのね。言ってくれればよかったのに」


 いやいや言う隙をくれなかったのはあなた達でしょう、と心の中でツッコむ。若干失礼なことを言われたような気がするのだが、まぁいいでしょう。


 南雲夫妻は楓の言葉を聞くといつも通りの彼らに戻った。そしてアンジェの方を向くと「楓の母です」、「楓の父です」と言って優しく微笑む。


「初めまして。ソーマさんとはそういう仲にあるアンジェと申します」


 アンジェがニカッと笑って見せる。対して南雲夫妻はまた表情を曇らせる。きっと『そういう仲』を危うい関係と勘違いしているのだろう。アンジェもアンジェで分かりづらい表現しやがって。


 結果、楓からの助け舟は沈没。俺こと柊城聡馬は見事に溺れ死んだようです。


「まだまだ時間はある。じっくりと自分の人生を考えるんだ」

「はぁ……」

「略奪愛って言葉は知っているわよね?」

「え、……はぁ」

「「なら、よし」」


 ぴったりと声を合わせると互いを見つめ合う南雲夫妻。何故かにんまりとした笑顔で見つめながら、俺に意味のわからないことを吹き込んだ。


「じゃあ、頂きましょうか! それじゃあ手と手を合わせてー」

「「いただきまーす」」


 調子を整えた楓のお母さんの音頭に合わせて他の全員も手を合わせる。そしてやかましくなるであろう今年のクリスマスパーティが始まった。


「ふはー! なんですかこれ美味しーい! 今度家で食べてみたいですー」


 アンジェはお粗末にスプーンを使いながら次々に口へ運んでいく。


「それはね、パエリアって言って……」


 楓がアンジェに料理のレシピ解説をしていく。流石聖女様。未知の地球外生命体にも優しいだなんて、尊敬です。


 俺はそんな楓先生の頭の悪い子のための優しい料理講座を聞き流すと、先ほど物凄い眼力で見つめていたローストビーフに手を付ける。……うむ、非常に美味なり。


「……って何してるんですかソーマさん」

「へっ?」


 俺がローストビーフを味わっていると、アンジェが邪魔をするように聞いてきた。咄嗟に間抜けた声を出す。……え、俺がローストビーフを食べていたら罪に問われるんですか?


「ソーマさんが聞かなくてどうするんですか?」


 あのアンジェさんが真顔である。口角がでろんでろんに緩みまくっているイメージが強すぎて、この表情をされるとちょっとばかり怖い。


「だってお前が食べたいんだろ?」

「はい、食べたいですよ?」


 素直かつストレートな返答が返ってきた。「だから作ってくださいよ」なんて言葉は言われなくてもわかる。さらに「それあたりまえでしょ」みたいなすまし顔が非常にイラっと来る。


「…………やだ」


 先手必勝。あと君には干し草で充分だと思う。確か天使はそこらへんに生えている雑草でも生き延びれるはず。まぁ俺調べではあるが。


「なんで何も言ってないのに否定するんですかぁ!」

「だって何が言いたいのかわかるんだもん」

「では答えは?」

「パエリアを作れ、でしょ?」

「……ぶぶ―、サンカクでーす!」


 は、サンカク? サンカクってことは半分あってるってことじゃないか。あ、まさか一緒に作ろうとか? なんだよそう言うことか。それなら手伝ってやらんこともないけどな。


「じゃあ答えは?」

「正解は『ぱえりあ』を作れ。食後に『こーひー』と『でざーと』をつけて。でしたー!」

「サイドメニューじゃねぇか!」


 うん、わかってた。はい、俺がバカでした。少しでもアンジェを信じた俺がバカだったよ。


「もし作ってくれなかったら……、わかってますよね?」


 アンジェは小声でそう俺の耳元でささやく。そしてニタニタと悪い笑顔を向けながら、手でハサミで何かを切断するジェスチャーをやってみせた。


 血の気が引いていくのが身に染みてわかる。心臓に冷たい氷を当てられているような感じがした。


「わ、わかったよ」

「やったー!」


 アンジェはハサミのジェスチャーをやめて、両手を開いて万歳をする。


 そんな俺とアンジェのやり取りを見て、南雲夫妻が険悪な表情に戻っているのは説明するまでもないだろう。はて、一体俺に何を求めているのだか……。


 もう一度アンジェを見る。嬉しそうに笑う笑顔は確かに天使と言っても過言ではない。そこは確かに認める。血の涙を一リットル流しながら五万歩譲って認めてやる。だがな、完全に心は悪だ。ダークサイドの覇王だ。


 このポンコツ天使を一日でも早く神様に送り返す。これを当面の人生の目標にしよう。


 俺はそう決心すると、それを記憶をつかさどる脳内のメモ帳に殴り書いた。

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