10 同居系ラブコメは全て嘘でした。④
猛ダッシュですぐに洗面台のある風呂場に駆け込む。鍵を閉めると衣服を下におろし鏡越しに恐る恐る下を見た。
「…………なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっいっ!!」
俺の『ONLY MY WISH』が何度見ても見当たらない。いや、全然希望でもないけど。半ばあきらめちゃってるけど。ってそんなことはどうでもいい。
どこに隠したあのクソ天使! 食器棚か? ゴミ箱か? ポケットか?
家のなかで鳴り響く雄たけび。玄関からは楓から「大丈夫? どうしたの?」の一言。ただその返答はできるはずもない。
涙ながらにアンジェのいるところへ行き、彼女の右頬を強くつねる。
「俺の……、俺の『ONLY MY WISH』をどこへやったんだ!」
「おっいいいいういえうええ……」
何を言っているのか全然わからないため、頬から手を放した。
「ドッキリに気づいてくれて嬉しいです! 契約の証としてソーマさんのソーマさんは天界にいます!」
唖然。驚嘆。悲傷。と今の感情を三つの言葉で表現してみる。
はい? 翼が生えて飛んで行ったとでも言うのか!?
「すぐ返せぇ! ドッキリで済むと思ってんのか!? おかげで俺のハートがポッキリなんだよ!」
うまいことを言った自覚は微塵もない。ただ、座布団は3枚ほど欲しい。この前の座布団も併せて生け贄にして、俺のあれをシンクロ召喚してみせるから。
「おお、なかなかやりますねぇソーマさん」
「だろ? ……じゃないんだよ、やかましいわ! これしか契約方法ってないのかよ」
「まだまだたくさんありますよ?」
「最初からそれにしてくれ……」
でもやっぱり身体の一部を欠損するくらいだから他の契約方法も結構つらいのでは。
「えー、折角面白かったのに……。じゃあ『腕に天使の紋章を描く』でいいですよ」
アンジェはぶつぶつと不機嫌そうに言っている。ってかそれくらいのことでよかったのかよ!
「じゃあ、左腕でいいか?」
腕まくりをして左腕を出す。いつ見ても頼りない腕っぷしだ。
「はい。では始めます。《天使の御加護よ、来たれ》」
俺の左腕を握ると、そう唱えるアンジェ。そして光り輝く魔法陣のようなものが形成される。
しかし数秒経つとその光色の魔法陣のようなものは黒く色が変わり、光も次第に弱くなり、ついには消えた。「こんなんでいいのか」と言いたいくらいになんか、予想以上にしょぼい。
「あれっ……?」
何か違ったのか、アンジェが間の抜けた声を出した。契約魔法、とやらもできんのかこのポンコツさんは。
「おいどうした。ミスったのか?」
「……いえいえ成功ですよー?」
少々イントネーションがおかしかったような気がするのだが……。こいつ、絶対ミスっただろ。
「この黒い魔法陣みたいなマークが天使の紋章ってやつなんだな?」
首を思い切り左に曲げて紋章を見た。天使が作ったとは思えないほど、なんとも暗黒色な紋章だ。
「…………はい! 残念ながらそのしるしは契約が解除されるまで消すことはできません。いくら洗っても無駄ですよ?」
何か考え事でもしていたのか、アンジェは遅れて返事をする。そして急に改まった、というか調子を整えて話し始めた。ミス確定だな。
そんなことより大切なことがあったのだ。
またも猛ダッシュで洗面台のあるお風呂場に駆け込む。
「…………あったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
洗面台の目の前でひとりでに万歳をする俺。感動の涙を流し、へなへなしながら玄関の前へ到達した。
「どうしたの聡ちゃん、疲れ果ててるけど」
玄関の絨毯に頭から突っ伏した俺を見て、楓が心配そうにうかがってきた。
「ああ、大丈夫。一時的に男性としての尊厳失ってただけだから心配しないで?」
「……? ま、いいや。それで、あのアンジェちゃん? とかっていう女の子は誰なの?」
俺が言い訳を考案している途中、いつのまにか着替えてきたアンジェも玄関に来た。……毎度場違いなアニメのコスプレ衣装で。
「アンジェは天使なのです!」
「……?」
困り果てる楓。うん、その気持ちわかる。
「い、いや天使みたいにかわいいってことだよ。しかもアニメのコスプレをする趣味があってさー」
ナイスフォロー俺。
「で、どんなご関係で?」
「えーと、あれだよ、おじさんのいとこの娘の友達みたいな?」
あれ、それじゃただの他人では? ってのは置いといて。楓の視線のレーザービームがすごすぎて咄嗟に出た嘘だ、しょうがない。
「そんな身内いたっけ?」
どうやら気づいていないらしい。楓が学力以外はバカでよかったとつくづく思う。
「あー、うん、一か月前くらいに遺跡で発掘されて……じゃなくてずっと田舎暮らしだったから親御さんが都会というのを学ばせるために……千葉だけど」
アンジェが古代遺跡のオーパーツ、というのはあまりに無理がありすぎたのでまた新しく即興で嘘を上塗りしてみた。千葉が都会というのは疑念が残るが。
あまりに即興の嘘すぎてハチャメチャなことを言ってるような気がする。大丈夫か? 某海賊団の長鼻君すごすぎだろ、初めて尊敬したわ。
「へー、そういうこと。うん、理解した。じゃあアンジェちゃんもクリスマスパーティー来る?」
どうやら楓の脳内では千葉は都会だったらしい。いやほんと政令指定都市でよかった。モノレール万歳。
いや待て、なんでアンジェを誘った? 何爆弾増やそうとしてるの? 今夜はペットフードとキャットフードの炒め物を食わしてあげようと思ったのに。
「いいんですかぁ! もちろん行きます!」
アンジェはよだれを垂らしながら楓の誘いに乗る。
「じゃあ、19:00に南雲家で待ってるから二人とも忘れず来るように! じゃあね」
楓はそう言い残すとドアを閉めて自分の家へ戻っていった。
「ふぅ、危ないところだった」
額に流れ出た汗を拭う。
「よく頑張りました、ソーマさん! そしてそんなソーマさんに頼みがあります」
ほんとだよ。俺なんも悪いことしてないのにな。悪の根源全部お前じゃん。
「はぁ……。んで、頼みってなんだ?」
一応聞いてあげる。あー、優しすぎるぜ俺。
「アンジェ今お風呂上りじゃないですかー」
クラスに絶対一人はいる「じゃないですかー」使いかよお前は。もうすでに何かねだろうとしているのバレバレだぞ。
「ああ、そうだな」
「お風呂上りと言えば『牛乳』じゃないですかー」
ちなみに俺はコーヒー派。はい、意見が合わないので嫌い。
「ああ、そうだな。牛乳なら冷蔵庫にあるから取っていいぞ」
「でもアンジェー、〇×牛乳しか飲めない体質なんですぅ」
なんかだんだん言い方に腹が立ってきた上、何をしてほしいのかも推測できた。
「で、俺に買ってこいと」
「えへへ、物分かりが良くて助かります」
「やだ」
なんでアンジェのためにそんなめんどくさいことしなきゃいけないんだよ。断固拒否。無理。天界に帰るって条件なら喜んでパシられますけどね。
「じゃあ、ソーマさんのソーマさんがまた天界に旅立ってもいいんですか?」
アンジェは透き通るようなにっこり笑顔。何故そんな純朴な目でいられるのか俺には不思議でならない。
「うぐっ……」
しかしそれを言われてしまうと何も言い返せない。
くそっ、このクソ天使がぁぁぁぁっ。
俺はその思いを胸に今、自転車で近所のスーパーへ旅に出る!
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