6 俺と幼馴染の青春物語。下

「聡ちゃん、お医者さん連れてきたよ」

「少し検査をするよ。いいかい?」

「はい」


 楓がまた猛ダッシュで病室に戻ってきた。いかにも「できそう」な若い男性医師を引き連れて。


 まぁ検査といってもなんの異常もないんですけどね。


 ――五分後。


「まったく、わからない」


 少し困り果てた顔をする若い医者。


「何がですか?」


 と、何が言いたいかわかるのだが、俺は何も知らないふりをする。しらばっくれていた方が無難だろう。


「確か救急隊員の話だと大型トレーラーにはねられた、なんだけど間違いないよね?」

「え、はい。多分あっていますが」


 それを聞いた若い医者は頭を抱えた。


「なのに打撲も骨折もないどころか、出血多量だったはずが治療を始めた時には傷跡すらなかった。もう、医学のレベルでは説明ができないよ。神様のおかげとしか……」


 あきらめてはいるけど大正解、この医者当てちゃったよ。もうちょっと神様にはうまくやってほしかったなぁ。もしあの場でもし機転を利かせて倒れてなかったら、もっとやばいことになっていたんじゃないか?


「よかったぁぁぁぁっ!」


 横から飛び込んでくるのやめてください楓さん。勘違いしちゃうでしょうが。


 また楓を引きはがす。


「どうする? 一日休んでいくか、それとも退院するか」

「じゃあちょっと休憩したら退院します」


 『神の御加護』が届く時間には家にいないといけないしな。でも急ぐ必要はないだろう。


「わかった。またなんかあったら呼んでくれ。あとそこの彼女さんにも感謝するんだよ?」


 そう言うと、若い医者は楓を見るとクシャっと笑った。


 だから彼女さんじゃないんだけど。どう見ても釣り合ってないじゃないか。そんなに彼女にみえるの? むしろ光栄ですけどね。


 そして俺公認の『できる』医者は部屋を出て行った。


 また、この幼馴染と二人っきりになる。


 さすがの楓も『彼女』と言われ、動揺したようだ。その態度、好きになりそうなのでやめていただきたいのだが。


 とりあえず、話でもしよう。なんかねーかな。うーん。……あっ!


「あっ、そーいえば、クリスマスプレゼント! あれ、死……意識失う前に渡した、よね?」


 あぶねー、あぶねー。思わず口走っちゃうところだったよ。このことは墓場まで持っていこう。


 それにしてもあの時は自分でも何を考えてたのかわからない、とっさにプレゼントをポケットから出していた。俺に似合わずかっこよすぎだろ。どこかの有名俳優がやれば日本中の女性がみんなキュンキュンしちゃうよね。


「これでしょ、やっと気づいてくれたー、記憶なくしちゃったんじゃないかと思ったよぅ」


 と言うと、彼女は頭を近づけて見せてくる。


 あ、ほんとだ。確かにあった。なんで気づかなかったんだろう。


 そう、今年俺が楓にプレゼントしたのは『ヘアピン』だ。雪ウサギが飾りとしてついているやつ。無難と言えば無難。年頃の女子に何をあげればいいのか物凄く迷ったけれど楓に似合うだろう、と思ったのを事前に買っていた。


 そうそう、買うの大変だったんだぜ。お店には女子か、リア充みたいなやつしかいなかったし。いざ勇気を振り絞って店に入ったら、店員さんに「彼女さんへのプレゼントですかー? でも……もしかして……」って言われたし。


 絶対「でも……」の後続の言葉って「彼女とかいなさそうですよね」だったに違いない。多分「もしかして」の後続の言葉は「自分用ですか」だろう。あの焦り具合を見ればわかる。


 もうあんな失礼なお店二度と行きたくない。体力消費がえぐい。怖い。ちょっとトラウマ。


 でも、行ってよかったと思う。気に入ってくれたみたいだし。かわいい女の子にアクセサリーなんて関係ないけど、似合っている。


「いやさすがにもうつけていてくれたとは思わなくて。うん、とても似合ってるよ」

「へへー、ありがとう。そうそうクリスマスプレゼントと言えば、私からはこれ!」


 楓は近くにあったバッグから何かを取り出している。


 そして「はい!」などと男がイチコロになりそうな笑顔を向けて渡してくる。幼馴染の俺はゼロコロだけど。なにそれかっこいい。


 俺が楓から受け取ったのはワンセットの群青色の毛織の手袋だった。見ているだけで温かそう。


「ありがとうな。でもいつこんなの買ってきたんだよ。あそこの店か?」


 あそこの店とは事故現場の近くにあった、あの衣服店のことである。


 救急車には一緒に乗っていたから病院から行かないといけないし、でもここからあの店って結構遠いよな。


「んーん、それ手作り……」

「……えっ?」


 え、これ? これ手編みなの? 一日で? レベル高すぎだろ! 普通に売っていても気づかないぞ。


 さすが完璧人間。


 いやいやここで重要なのは『手作り』だということ。


 柊城聡馬脳内会議の開幕である。


 初めての女子からの手作りだぞ、しかも南雲楓の。男子に言ったら最低半殺しはまぬがれないような気がする。


 柊城聡馬脳内会議閉幕。議論の結果、「死なないように頑張る」が採択。


「……って手作りだし完成度が情人離れしすぎてすごいのは置いといて。これ病院でつくったのか?」

「うん、病院から裁縫道具とかいろいろ借りて」


「最近の病院はすげぇんだなぁ……。ありがとな、大切にするよ」

「……」

「……」


 長い沈黙にこの部屋は包まれた。


 プレゼント交換なんて普通カップルがやるものだ。今更ながらそんなことが急に頭の中で湧いてきて、流石の俺もとてつもなく恥ずかしくなる。きっと向こうが黙り込んでしまったのも同じ理由だろう。


 意識するな、意識するんじゃない俺。幼馴染とは言え、ほぼ家族だぞ。ある意味俺の双子の妹オア姉。でも家族内というのはある意味刺激に……ってばかじゃねぇの俺。ぶっ殺すぞ。


 自分に謎の殺害予告を送信したところで落ち着いた。


「とりあえず、帰ろうか」

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