5 俺と幼馴染の青春物語。上

 事故の衝撃や急激にきた疲労の影響か、救急搬送されている途中で眠ってしまったようだ。


 起き上がってみればここは病院。何回かお世話になったことのある海から近い総合病院である。


 腰が凝りそうな固めのベッド、清潔そうな純白のシーツ、安めのパイプ製の枕。その上で俺は眠っていたのだ。


 視線の先にあった白い壁にかかっている時計の短針はすでに六を通り過ぎたあたり。いつの間にか朝になってしまったようだ。


 時計の時間が間違えていないかどうか確かめるため、俺は近くにかかっていた空色のカーテンを開ける。病院の外にあった大樹の隙間から朝日が漏れているらしく、その残光が俺のいる部屋をささやかに照りつけていた。


 そんなほんのりと眩しい木漏れ日の暖かさを感じたのは俺だけではないようで。


「んっ……」


 窓の反対側から可愛げのある小動物のような声がした。


 俺以外に誰かいるのかと、興味と恐怖が入り交じった感情のまま声の主の元へ振り返る。そこにいたのはなんときれいな聖女様……ではなく楓だった。ベッドの隣に置いてあった丸椅子に座り、頭をベッドに乗せながら眠っていた。


 楓は急にカーテンを開けたからであろう、少しいやそうな顔をしながら寝ている。


 わざわざ病院まで泊まり込みで来なくてもよかったのに。しかも泊まり込みってことはクリスマスパーティしてないってことだよね。流石にそれはそうか。でも、ごめんなさい南雲家の皆さん。


 さらに言えばここ個室だよね。お金……はいいんだけども。本来だったら病院の廊下においてある長椅子でもよかったんですし、なんかいろいろな器具が取り付けられているし、無傷なのになんか申し訳ないなぁ。


「ふぅ……」


 俺は安堵と若干のやましさを溜息に乗せて宙に放つ。


 そして毛先がウェーブがかかった茶髪頭に手を伸ばした。……不自然かもしれないが、なぜかそうしたいのだ。


 頭までの距離が残り五センチほどになった、その時だった。ぴくりと彼女の頭が動く。それに驚いて急いで手を放す俺。


 本来どこにも届かず空気中の塵となって消えるはずだった先ほどの溜息が楓の耳に入ったらしい。


 楓のまぶたがゆっくりと開く。


「うーん……。聡ちゃん? 聡ちゃん!」


 俺を見るとすぐ目を見開いて、犬のように飛びついてくる。そしてまたも強く抱きしめられた。今度は俺の胸に顔をうずめながら号泣している。


 『抱きしめ魔』なのコイツは、と。そう思ったが、逆にそれが当然の行動のような気がしてきたため、そのままにしておく。


 今回はしっかりとした美少女の抱擁だった、というのも七割くらいはあるが。


 幼馴染じゃなかったら――うむ、この一言に限る。


 こんなシーン見られたら絶対に妬まれるだろうなぁ。特にあいつは危ない。多分嫉妬全開で俺のことを殺しにかかるだろう。


 それくらいこの幼馴染――南雲楓の学内での人気は凄まじい。確か今年行われたミスコンでも二位だったらしく……。定期テストは毎回一位を独占。体力テストは堂々のA評価。


 楓はいつも想像以上、いやさらにそれ以上を行く。俺とは立っている土俵が違うのだ。


 抱擁はかなり長く続いた。


「いや、落ち着いてくれ楓。でも心配かけたみたいでごめん」


 これ以上は幼馴染でも限界だと思ったのでなんとかして楓を引きはがす。


「だって、私のせいで、聡ちゃんが死んじゃったと思ってぇぇぇぇっ!」


 また抱き着こうとしてきたので、今度は楓の頭をなんとか押さえる。


 だめ、これ以上は俺の理性コントローラーが危ない。爆発は回避すべき、いや、しないと今度は俺の人生が危ない。


「まあ、俺は生きてるからさ。特にケガしてるわけでもないし」


 少しばかり落ち着いた楓に元気さを見せるため、上腕二頭筋を出した。


 ……残念ながらあるのかどうか怪しいレベルの上腕二頭筋。まさかこんなところで貧弱な体つきをさらしてしまうことになるとは……。


「……大丈夫?」

「やめて! その心配が俺の心を傷つける!」

「え、うん。そんなつもりじゃなかったんだけど……っとりあえず、先生呼んでくる!」


 楓はそう言うと猛ダッシュで病室を出て行った。


「……とりあえず生き返ったことだし、神様にも電話しないとな」


 近くの机に置いてあったスマホを手に取る。きっと事故の時についたのであろう、大きなヒビが入っていた。しかし電源は入れることができたため、一安心するとすぐに電話帳をチェックする。


 見つけたのは『神様』のメルアドと電話番号。


 へぇ、神様ってソフ〇バンクの携帯だったんだ。どこまでも期待をうらぎらないよなぁ。


 080-××××-〇〇〇〇、っと。


「えーと、もしもしー。俺です、柊城聡馬ですー」


 まるで部活の先輩にでも電話しているような感じ。したことないけど。部活入ったことないけど。


『もしもし、神様じゃ。電話してきたということは無事に生き返ったようじゃな』


 出たのは代理のアロハシャツを着たおっさん、ではなく神様。確かにあの時の声である。夢とかではない。


「はい、おかげさまで。少し寝てしまって病院なんです、連絡が遅れてすみません」

『いいんじゃ。あとどれくらいで退院できそうなんじゃ?』

「うーん、今日の正午には意地でも抜け出しますよ」


 無傷です、と連呼でもしておけばどうにかなるだろう。強制ではないんだし。


『ちょうどよかった。でも無理はするんじゃないぞ?』

「何がちょうどいいんですか?」


 気になるフレーズを聞いたので、謎の自分の解決欲からか、俺はすかさず質問する。


『ああ、神の御加護が今日の15時くらいに着くらしいからの』


 時間指定配達とかAm〇zonかよ、とそんなツッコミを隠し切れない。


 きっと家の中で魔法陣でも発動してその中から『神の御加護』とやらが出てくるのだろう。


 傍から見ればヤバいやつ認定されそうな程の思考である。しかしすでに『生き返り』と『神様との遭遇』というどこぞのファンタジー感満載な出来事を連続して体感してしまったわけで。


 こんな現実離れしていたら、そりゃ俺の考えもおかしくなるわ。


「ええ、わかりました。では楽しみに待ってます」

『じゃあ、楽しい青春をおくるんじゃぞー』

「ありがとうございます、切りますね」


 耳からスマホを離すと、神様との電話を切る。


 いやはや、神の御加護っていったいどんなモノが配達されるんだろう。気になって仕方がない。


 そわそわしながら俺は、壁掛け時計の『3』を強く見つめた。

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