4 クリスマスイブで血みどろ仮装はNGです。

 熱が出た時に使用する冷却シートを横顔に貼っているような、そんな感じがする。


 ただその正体は雪だと匂いですぐに理解出来た。雨のようなホコリっぽい匂いがしたからだ。


 冷たいを通り越して痛みを感じたため、嫌々重たいまぶたを開く。するとうっすらと霞んでいるがなんとなくの景色が見えた。どんどんと白銀の雪の上に広がっていく濃い赤だった。


 その先、数メートル向こうには沢山の人の足が乱立している。


 徐々に焦点が合う。そしてこの状況を完璧に理解した。俺は『生き返った』のである。神様の言っていた通り、確かに意識が戻ってきたようだ。


 状況確認のため視点を移動させると、ちょこんと正座してただ天を見ながら、人目もはばからず号泣している少女――南雲楓がいる。口を大きく開け、ひっくひっくと肩を揺らしながら。


 それは見るに堪えないものらしく、俺を囲んでいるらしい人々はそんな彼女を見ないようにわざと視線をそらしている。瞼の裏側からにじみ出ているであろうその純粋で透明な液体は、洗顔したときみたいに少女の顔をぐちゃぐちゃに濡らしていた。


 事故に遭う前と比べるとこの街は、店先から呑気に流れるクリスマスソングを除いて、全く違う世界を演出している。むしろクリスマスソングと血にまみれた俺というタッグが、まるで真反対過ぎて一種の恐怖を感じる。


 楽しげに話す声などどこにもない。


 聞こえるのは楓の泣き叫ぶ声と場違いなクリスマスソング、さらにはガヤ共の囁きやそいつらのスマホのシャッター音だけだ。おいおい。その撮ったグロ画像をインターネットにでも晒すつもりか? 最近の日本人はたまに人喰らいの悪魔みたいなことをしやがる。


 どうやらここにいる人たちは全員俺が死んだと思っているらしい。


 確かにさっき神様が見せてくれた映像を見たら、正直「なんで生きてるの?」って言われても仕方がないような気がする。


 うわあ、みんなの視線がつらい。やめてやめて、そこの奥さん手合せないで! そこの怪しげなおっさんも、「神の祝福を」とか要らないから。さっき手厚く受けてきたから! 


 もう、勝手に脳内で殺さないでくれよ……。なんて言って立てばいいんだよ、まったく。


 雪の冷たさに負けたのを含めて、やれやれと言わんばりにむくりと上体を起こす。すると頭から地球の法則に沿うように血が流れでているのを感じた。血の出処を探すため、額のあたりを一撫でする。しかし傷口などは見つからない。


 あの神様が何か魔法チックな能力でも使ったに違いない。……神様の力、恐るべし。


「おっ、おい! 起き上がったぞ!」

「奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」

「嬢ちゃん! 彼氏さん、目覚めたぞ!」


 そんな俺を見て、群衆は大きな歓声でひしめいていた。ところどころで涙を流している人もいた。


 ふと楓の方に視線を向けると、近くにいたおっさんが彼女の肩を揺らしまくっている。一見、女子高生にセクハラしているように見えるのだが今は誰もそれを気にしていないようだ。


 まぁツッコむところがあるとすれば、彼氏さんと言われたところくらいだろうか。

 俺はあぐらの態勢までもっていき、楓の顔を見ると『無傷』を自慢するように微笑んだ。


 対して楓は俺の方を震えながら向くと、ありえない状況からか放心状態になり氷のように固まっていた。


「そ、聡ちゃん……? 聡ちゃん、聡ちゃん!」


 楓が勢いよく俺の元に飛び込んでくる。そしてかなり強く抱きしめられた。さすが運動神経抜群、力も相当強い。


 抱きしめられているというより、まるでプロレスの絞め技をかけられているような感覚。骨がぴきっと逝きそうだ。


 美少女の抱擁なのに全然うれしくない。


 普通、こういうのは美少女が抱き着いてきて、男のハートを奪うものなのだが……。なんてこったい。俺は今、ハートどころか生命活動を奪われそうになっているじゃないか。


 痛い痛い痛い。俺、さっきまで死人だったんですけど! このままだとまた死んじゃう!


「痛いから、離せって!」


 少し怒り口調で言ってしまったが、実際には怒りなんて感情はない。『なぐさめ』と言う言葉がピッタリ合うだろうか。


 自分のしていることにやっと気づいたのか、急いで背中にクロスさせていた腕と右肩に載せていた頭を離す。


 楓は「お前は親に怒られた幼児かっ」ってくらいの泣き顔になっている。


「俺は大丈夫だからさ」


 自分の健康状態を楓に見せるために立ち上がってそう言った。


 ……が。やってしまった、と思った。


 今さらになって思うのだが何故立ち上がってしまたんだろうと、少し後悔する。待ち受ける大衆の眼は当然のことだった。周りにいた全員の人の顔がさらに驚きに満ちた表情に変化した。


 『驚き』という言葉に最上級の表現が存在するならば、きっとこのシーンに使うべきだろう。


「無傷!? いや、でもこんなに大量の血……」

「うそだろおい……」

「まさか、打撲とかもしていないのか?」


 考えてみれば頭を含めて全身血だらけなのに立ち上がってるのはおかしい、おかしすぎる。もう明らかにゾンビじゃん!


「神様に生き返らせてもらいました」なんて言ったらそれこそドン引きされるし。血まみれのまんま街を歩くのもやばいよな。だって聖夜だよ今日。リアルサンタクロースに仮装しました、とかシャレにもならない。赤しかねーよ。ハロウィンだったら『ブラッディサンタクロース‼』とか言って、なんとかなったのに……。


 とりあえず、気絶したふりでもしましょうか!


 ばたり、と地面に崩れ落ちる演技をする。自然に、不信感を与えないように。……もちろんしっかりと受け身をとって安全に、である。



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