3 異世界転生はしないようです。下
「神様だったんですか!?」
そう言うと、神様らしきおっちゃんは腕を組んで頷く。
「は――」
あんぐりと口を開ける他に、俺にできることはなかった。既に神様にかなりの無礼を働いているわけなので土下座でもするべきなのだが、それをはるかに上回る勢いで驚きがリード。
「え、わしってそんなに神様っぽくない?」
神様は剃り残してしまったのか顎ひげを弄りながら、ずいと頭を突き出した。
「いやだって神様ってもっとお鬚生やしてて、白い布まとっているイメージが」
この人にはサーフボードを持たせている方がごく自然だと思う。台風が上陸した湘南でよく湧いている、波が俺を呼んでるぜ的な、張り切っちゃってる系イケイケおじさんみたいな。
うん、いける。神様下界に降りても全く問題ないレベルで生活できそうな気がする。
「そんなものは勝手に人間たちが作り出した偽物じゃよ、偽物」
神様は残念極まりない表情をして、俺ら人間を軽くあしらう。
なんだろう、この裏切られた感覚は。完全に神話とかの固定概念その他諸々に騙された。おいおい、これから世界史どうやって授業受けろって言うんだよ……。いや、天国じゃ勉強しないか。
仕方ない。今まで考えていた神様の存在は消去して、この神様をインプットしよう。
……よし。
もうこの人は神様である。誰が何を言おうと神様である。というか神様以外に何に見えるってんだよ。このお方を一回でも『宝くじが当たって世界一周旅行をしているおじさん』とか思ったやつは今すぐ腕立て三十回の刑に処されろ。
「で、お主は急に何をしておるんじゃ?」
「罪滅ぼしです」
「そ、そうか」
これにはさすがに神様もドン引きのようだ。確かに神様の御前で腕立てしている奴なんて見たことない、というか見たくもない。
「ええと、じゃあ神様、質問が」
ようやく腕立てを終わらせた俺は、立ち上がってもう一度神様を見る。こりゃ明日は筋肉痛だな……異世界転移でもすれば別の話だけど。
「そうじゃったな」
神様は何かを見据えていたようで颯爽に切り返してきた。
「俺は、死んだんですよね?」
とりあえずたくさんの疑問符で脳がショートしそうなので、一番気になる大きな質問をぶつけてみた。『聖剣デュランダル』とか『魔王討伐』とか『異世界ハーレム』の話はまだいいかな。
「……ああ、確かに死んだ。これを見れば一目瞭然じゃろう」
神様が指をぱちっと鳴らす。すると壁がひとたびスクリーンに変わり、映像が映し出された。映っているのはさっきの出来事、俺がトレーラーにはねられた時の防犯カメラの映像だ。防犯カメラの映像なんてどっから入手してるんだ?
この時初めてこれが夢ではないことを確信した。たしかにさっき俺は死んだのだ。
「じゃあ死んだはずの俺はなんで神様のところへ?」
そんな素朴な疑問と共に俺は首を傾げる。
「そう、そこじゃよ!」
神様は「よくぞ聞いてくれた」ばりの顔でこっちを見ている。
「簡潔に言うと、お主には生き返ってもらいたい。いや、無理にではなくてお主にその気があるなら、なのじゃが」
まさかの答えだった。転生は転生でも異世界ではない。というかまず転生でもない。生き返りだ。元の世界に戻れる、ということだ。
考える余地など要らなかった。『聖剣デュランダル』も『魔王討伐』の称号も『異世界ハーレム』も、その選択肢があるのなら絶対に選ばない。選ぶわけがない。
――俺は現実世界に戻りたい。それが可能であるならば。
「生き返ることができるのならもちろん希望します」
「そうか、そう言ってくれてうれしいぞ」
たちまち神様も笑顔に変わる。
「しかし、なんで俺に生き返ってほしいんですか?」
またまた疑問が生まれてしまった。
神の娯楽にしては度が過ぎている気がするし、自然の法則にだって逆らうことになる。いわゆるルール違反というやつだ。神様にルールが適応されるかは知らないけど。
それを破ってまで生き返ってほしいなんて、きっと何かあるに違いない。
俺には隠された力があって、実は世界を救うヒーローだったとか? と、そんな痛々しいことしか思い浮かばないのだが。やべぇ、俺の脳みそレベル低すぎ……。
「おう、そうかそうか。それはありがたい。生き返ってほしい理由はな……うむ、わしがお主のファンになったからじゃよ」
「は……?」
神様からのいきなりのファンです発言にはさすがに動揺する。
「幼馴染を救おうとしたんじゃろ? しかも自分の命を諦めて。そう簡単にできることじゃない。うむ、お主は立派な人間じゃ、わしが保証しよう。じゃからな、もう少しその生きざまを見たくなったのじゃよ」
結局神の娯楽だったようで少し残念だったのだが、神様から「立派な人間」の太鼓判をいただくとは。俺ってなかなかすごいんじゃないか?
「じゃあ、俺はもう一度人生を送ることができるんですか?」
俺は期待の眼差しで神様を見つめた。
「あぁ、わしがこことお主の意識をつなぐゲートを作ってやるからそこから帰るといい」
神様はちょっぴり微笑みながらそう言うとまた指を鳴らす。
今度はドラえもんのなんちゃらドアみたいなものを作り出して見せた。木製の年季の入ったドアだから、なんとか著作権は守れそうだ。
きっとこの扉の向こうに行けば意識が回復するのだろう。
「んじゃあ、ありがとうございました! 生き返らせてくれたことを忘れないで向こうの世界で頑張ります!」
しっかりとお辞儀する。これは感謝すべきことなだ。まさか生き返ることができるなんて。
「うむ、いい心がけじゃ。……っとそうじゃそうじゃ忘れておった」
神様は何か伝えることがあるらしく、ドアを開ける直前で俺を引き留める。
「なんでしょう?」
扉のノブを半分までひねったところでストップさせ、神様の方を振り向く。
「向こうの世界でちゃんとお主が青春を送れるように『神の御加護』をプレゼントしよう、と思ったんじゃ」
うわあ、なんかとんでもないくらいに胡散臭い。
『神の御加護』ってあれだよね。よく「あなたは神を信じますか?」とか家に押し掛けてくるやつ。いるよ今、目の前に。心の中で「信じねーよ」とか思っててまじごめん。いたわ神様。それも想像以上の。
にしても青春なんて別にいいのに。生き返れるだけでも十分だし。
「それは一体?」
「うむ、向こうについてからのお楽しみじゃよ。すぐに手配しておくから」
男同士のナイショのヒミツほどうれしくないものはない。こういうのは女子とやるから楽しいのに。
はて、異能とかもらっちゃったりして。もしかしてモテモテになる薬とか。
いや期待を持つのはよしておこう。変なのが来た時の絶望感に襲われるのはごめんだ。福袋と同じだと考えとけば、何とかなるだろう。
「まぁ、楽しみにしておきます。今度こそ、お世話になりました。また俺が死ぬときまた来ます!」
扉のノブをもう半分、ぐるりと回す。外に押し出すように開けると、そこには暗闇が広がっていた。そんな真っ暗な空間の先には眩しい光が見える。
きっとあれが現実世界。
恐る恐る闇に飛び込むと、俺は神様の方を向いて手を振った。
「あ、わしのメルアドと電話番号、お主の携帯に登録したからいつでも連絡できるぞー」
うわっ、まじかよ。神様なんでもありだな。思わず笑いそうになる。
「わかりました。では!」
俺はそう言うと光のもとへ行くため、深い暗闇に落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます