第3話

 

六月十一日(月)


 黒瀬さんに三千円を貸して欲しいと頼まれた。吉田さんが持っているリップグロスと同じものを買うためらしい。

 手持ちがないと言うと、明日持って来いと言われた。持っていかないと、もっと酷い目に合わせると脅された。


 放課後、クレゾール臭が充満する教室に私はいた。


「お洒落したい年頃なんだね」


「黒瀬さんは遠藤くんに見てもらいたいんですよ」


 二人そろってお茶を啜る。前回は和風の梅こぶ茶だったから、今日はお洒落にハイビスカスティーなのだそうだ。


「遠藤くんね、サッカー部の。彼は確かにかっこいいよね」

 

 佐藤先生のお茶菓子をぱくり。もちろん内緒で。


「体育の時に男子はグラウンド、女子は体育館で別れるんですけど、黒瀬さんは遠藤くん見たさに決まって体育館の同じ場所に座るんです」


「よっぽどなんだ」


 八雲先生は感心した様子で手を叩いた。それが少しおじさん臭くて、若くて整った容姿とのギャップに笑ってしまいそうになる。


「よっぽどなんです」


 私も同じように手を叩いて返した。


「それで…」


 一呼吸。和やかな雰囲気、それを壊すのをためらった。


「お金は貸さない方がいい」


 その心中を察したのか、私の言葉を遮って八雲先生が言葉を発する。


「君たちに限った話じゃないし、返って来る来ないの話でもない。本来、借りなければならないお金の使い方をするべきじゃないし、その人のためにも貸してあげるべきじゃない」


「でも明日持っていかないと」


「…うーん」


 悩む。眉を八の字に曲げて、両腕を組んで、顔を上に向けて。


「じゃあ一日待ってもらおう。お小遣いの前借が出来なかった、とか適当な理由をつけてさ」


 名案だ!と言わんばかりに八雲先生は頷くが、私には当然の疑問が残る。


「明後日はどうすればいいんですか?まさか延々引き延ばせるとも思えないのですが…」


 しかし私の問いかけに対して、八雲先生が意見を変えることはなかった。


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