彼女は死んだように動かない。


真っ白なシーツの上で、ただ少し眠いだけと言ったまま。


彼女は仰向けに寝転び、右腕で自分の目を覆っていた。

その上に、暖かい日差しがさらさらと流れている。


自分が腰かけているベッドで、彼女はただ動かない。


聞こえるのは自分の規則的な呼吸音。そして早朝の鳥の声のみ。


日の光を追って、彼女の顔を一瞥した。

少し荒れた、その赤い唇さえ、全く微動だにしない。


まさかとは思うが。急に不安が募ってきた。


ゆっくりと、恐る恐る、彼女の頬に手を触れる。

触れたら雲のように消えてしまいそうで怖かった。


ギシっとベッドが軋む音が、無駄に大きく響いた。


指で頬を撫でる。

まだ小さな子供のような、白い肌だった。


『生きてるよ』


彼女の、その赤い唇がゆっくりと動いた。

細い、鈴が鳴るような声。


考えていることは筒抜けだったようだ。


『そうか』


彼女の片頬を、自分の片手の掌で包み込む。

まだそこにある温もりを感じている。


『死んだらそっちが困るでしょ』


腕を下ろしながら、でも目は天井のどこかを見たまま。

彼女はそう小さく呟いた。


日の光を浴びた彼女の顔には、誰も気付かないほどの薄い微笑。

その微笑みは嬉しさゆえか、悲しさゆえか。

自分には後者に思えた。


『まあな』


そんな物憂げに見える彼女から目を逸らして、頬から手を離した。


『そのままにしててもよかったのに』


器用にも、目だけこちらに向けて彼女は言った。

そしてふてくされたように、今度は背中を向けて、

浅い眠りに落ちて行こうとしていた 。


日の光は相変わらず、彼女の背中を流れている。


自分はただ、彼女が好きだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る