第5話

 夢見心地の中、ふと鋭い黄色がアイスリンの目に飛び込んできました。見るとゼラニウムの花がそよそよと風に揺れていました。

 アイスリンは慌てて立ち上がり、見上げると、空が赤や橙や紫に彩られていました。

 懐中時計を見やると、──6時56分。

 アイスリンは困りました。このまま野宿はごめんです。でもどこへ行けば良いのか分かりません。

 アイスリンは現実逃避するようにまた座り込みました。そしてそのまま楠にもたれました。

「おい人間。何時までここにいるつもりだ」

 突然、頭上から地鳴りのような声が聞こえました。

 アイスリンはビクッと肩を震わせとびあがりました。

「……わたしはアイシー。あなたはだれ?」

 アイスリンはジッと楠の上の方を見ました。

「誰も何も俺は楠。見れば分かるだろ?」

 その声はお腹の底まで響きました。

「楠? 木がしゃべれるの? 人じゃないのに?」

 アイスリンはおっかなびっくり言いました。

「寧ろ俺は何故人間しか喋らないと思うのかが不思議だ」

 そう言って楠は重低音で笑いました。

「えと、わたし、道に迷ってるんです」

 アイスリンは一歩近づきました。何となく楠はいいやつだと思ったからです。

「道か、アイシーは何処へ行きたいんだ?」

 楠の口調はどことなく柔和なのです。

「それも分からないんです」

 アイスリンはこれでもかと眉を下げました。

「そうだな、取り敢えず東へ向かってみてはどうだ? 森を抜けると花畑があるらしい」

「お花畑?」

 アイスリンは数回瞬きをしました。

「ああ。勿論俺は行ったことがないが、綺麗なんだそうだ。森には店があるから今日は其処に泊まるといい」

 アイスリンには楠が微笑んだように感じられました。

「うん、そうする!」

 アイスリンは元気よく立ち上がると、楠にお礼を言って歩き出しました。

「気を付けろよ!」

 ドシンとくる低い声には優しさが詰まっていました。

 お花畑へ行ったら、楠に花束を作ってあげよう。アイスリンに明確な目標が生まれました。

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