第3話 大世界樹の戦い


 それからボクはルキと軽い談笑を交わした。興味深い話だった。エルフの里と人間と共存できているのは世界樹のおかげという話や、実は二人は精霊樹林から出ていったことがないという話など、なかなか面白かった。

 その中でもエルフはまともな魚を見たことがないというのがボクの中では驚きだった。干し魚が魚というのがカノジョらの認識であり、海の中には干物みたいなのがうようよいると思っている。とはいえ、ボクも小さい頃はプラスチック包装された魚の肉が魚だと思っていたこともあったから、簡単にカノジョらを笑うことができない。

 あと、「ごはんのうえに魚の切り身をのせる”お寿司”がボクの世界の国民食」というと、「あんな硬いものが、コメと一緒に食べられるわけがなかろう!」と、思いっきり叱られた。エルフの里にお持ち帰りの鮨詰めでも持っていてやろうか、と、半ば思った。

「次は大世界樹、大世界樹。一本の世界樹が世界を築いています。世界樹の根っこは大変、転びやすいので足下にはご注意してください」

 丁寧な車内アナウンスが聞こえると、車内の賑わいが静まった。

「さて、準備を始めるかの」

 ルキはそういうと装飾品をいじり始める。

「イヤリングよし、腕輪、指輪よし」

「オシャレの重量装備だな」

「渡り人よ、妾の飾りはただのオシャレとは思ってないじゃろうな」

 ほんの少しだけ考えた。

「魔法アイテム?」

「さすが渡り人! 世界を知っとるのぅ。異世界を旅するだけある~」

 残念ながらそれは渡り歩いた世界の知識ではなくて、ゲームの知識だ。ゲームだとオシャレ装備はネタ武器というか自殺行為だから、世界を救うレベルの装飾品は絶対まともな装備というのが予想がつく。

「ルキ様のアクセサリーは精霊を対話する装具、つまりチャネルです」

 すごっく高級ブランドっぽく聞こえます。

「チャネルは精霊具と呼ばれているもので、周囲にいる精霊と精霊具を通じて力を貸してもらいます」

「しかも、これは精霊魔法増幅器でもあるのじゃ! 魔法がガンガン使えるぞぃ!」

「ええ、ガンガンガンガンです」

 ダプさん意外とノリがいいな。樹の精霊って、いつもこうなのか。

「そういえば、姫さまが戦いに出てもいいの?」

「別段、妾は誰かとケンカするわけではない。じゃが、世界樹を分けてもらうには試練がある」

「試練?」

「ただで渡してもらうほど、相手もお人好しではない。大世界樹は妾の世界に世界樹を託させられるかどうか試す」

「他にヒトはいなかったの?」

「それはどーいういーみーじゃー!」

 ルキはドアップで半ば食い気味に迫る。

「いや、だから世界樹を渡されるのだから人間の手を借りるとかそういうのが――」

「渡り人さま」

 今まで愛想笑いしていたダプが口を開けた。

「仮に世界樹が滅びると人間に伝えてみてください。そうなれば、人間達はどうなりますか?」

「……大混乱?」

「ええ、エルフたちが守っている世界樹が原因で世界が滅びるとなれば、変な噂が飛び交います。しかも、その噂に乗じて、人間たちはエルフの里を狙うかもしれません。そうなれば、エルフの里は人間の手に落ち、世界樹は勿論、精霊やエルフにも危害が加えられます」

「世界樹の原因を作ったのはエルフというのが広まれば、エルフに世界樹は任せられない」

「そういうことです」

 納得できる。が、しかし、そこまで人間は愚かだろうか。そんな疑問が湧き立つ。

「そんなに信じられないのか? 人間を」

「これは寿命の短い人間の問題ではなく、寿命の長いエルフの問題。そして、世界樹に守られてきた者の役目なのです」

「キビシイことを言いますね」

「人間には人間の戦い。エルフにはエルフの戦いがあるのです」

 ボクはただただうなずいた。ボクが口出しする問題ではないようだ。

「妾は大世界樹から世界樹を分けてもらうために幾年の勉学と修行を勤めた。じゃが、時は来てしまった。妾は未熟だというのは重々承知じゃ。アクセサリーをここまで身に着けて、戦いへと出ようとしておる」

「死地へ出る侍みたいだな」

「サムライ?」

「ボクの世界で昔いた合戦場に行くヒトのことだよ」

「そうか、妾もサムライなのか」

 エルフサムライ。うん、ハイカラだな。うん。


 異空の群雲を通り抜け、異世界列車は大世界樹の世界へと辿りつく。

 異世界列車から降りたボク達は大世界樹を見る。


 年老いた人間のカオのような樹皮、しかし葉はとても鮮やかな緑。大空が見えないほどの枝葉に、大地を覆い尽くす強大な根っこが無数。木の幹は難攻不落の城壁とも言えるほど、果てしなく続いている。

 ……要するに、デカい!

「大というだけあるな……」

 こんなのが観光ガイドサイトにあったら間違いなく星5つ、全世界の人間もイイねを押しまくるぞ。

「こんなに大きければ、エルフは勿論、人間も魔物もすべて包み込んで養分にしてしまうじゃろうな」

「まるでこの木は生きているみたいに言うな姫さん」

「生きているに決まっておる。ほら、あれを見よ」

 ルキが指差す方向には人間がいた。――いや、こんなところに人間なんかいるか? じゃあ、精霊か?

「あれは大世界樹の精霊?」

「そう! 大世界樹を守護する精れ――」

「いえ、あれは人間みたいですね。大世界樹にでも住んでいるのでしょう」

 どの世界にも生きている人間のたくましさには脱帽だ。

「……ここは精霊じゃろうに」

 口先走ったルキは気恥ずかしそうにしていた。


 人間は二人いた。二人共、槍を手にし、鉄のまえかけをぶらさげた簡易な服装をしている。彼らは大世界樹の奥に続く穴の前に立っている。警備兵と言ったところか。

「ここにいるのも時間を食うだけじゃ」

 ボク達は軽くうなずき、大世界樹のふもとにいる警備兵の下へと向かった。

「待て!」

 警備兵はボクの前に立ちふさがる。

「何者だ? 貴様達は!」

「妾は世界樹を求めてきたエルフ。大世界樹に話がある」

「なんと! イヴァ様に!?」

 警備兵は足を一歩後退しながら恐れおののいた。

「イヴァ様に会って、何をするつもりだ!」

「妾の世界の世界樹が老い、精霊が消えかけている」

「イヴァ様と話がしたいと」

「そうじゃ」

「どうする?」

 警備兵の一人がもう一人に尋ねる。

「決まっている」

 警備兵は立たせていた槍を手にし、こっちに向けた。

「イヴァ様は資質のない者を入れるなと申されている。たとえ、それが――」

「異世界からの客人であってもですか」

 ダプは穏やかに、それはもう穏やかに、そろりそろり音もなく、すー、と、水が流れるような速さで警備兵の下へと近づく。

「私には時間がありません。くだらないことに時間を取られたくありません」

「力づくということか! その身なりで!」

 警備兵は口元を舐め、一歩踏み出した。すると、ダプは右手を振る。

「動かない! すでにあなた達は私の手の中にある!」

 ダプの忠告を警備兵はあざ笑う。

「何を! そんなウソにダマされるほど、俺はあまく――」

「止まれ!」

 もう一人の警備兵が叫ぶ。

「なんだ? オマエも。女のウソを信じるのか?」

「周りをよく見ろ……」

 もう一人の警備兵が言うとおりに周りを見る。すると、警備兵はおびえながら一歩一歩下がっていく。

「……ウソだろう」

 さっきまでの意気込みはどうしたものか。……いや、そう思うのも無理はない


 弓兵がいた。弓兵は木の枝でできていて、それが何十体もいる。二人の警備兵の周りを既に囲った。後はその弦を放せば、彼らはハリネズミとなる。

 もはやこれは死刑宣告、樹の精霊だからできる芸当か。


 木の弓兵がさらに弦を引き、矢は警備兵を狙う。

「世界樹の木でできた弓矢は至極の武器と言われております。何層にも重なる鉄壁を矢一本で貫かせたと聞いております」

 警備兵は状況を打開すべく思考をめぐらすが、その一手が出ない。

「さて、それでは大世界樹の木でできた弓矢はどのようになるのでございましょうか。粗雑な鉄のよろいでは防げるものではないと思いますが」

「できるのか? 客人が」

 意味のない挑発は時間稼ぎ、それはダプも知っている。

「私達の前に立ちふさがるのであれば、矢はいつでも放たれます」

 キリキリと弦が締まる。これ以上の会話はいらないようだ。

「そこまでにしなさい」

 一方的な戦いに割り込むように、警備兵と同じ服装をした人間がやってきた。

「アンドレ隊長!」

 アンドレと呼ばれた人間は警備兵を無視し、ダプの前にひざまずいた。

「数々のご無礼をしてしまい、申し訳ございません。ワタシの教育が行き届かなかったようで」

「いいえ、私の方も少々熱くなりました」

 ダプは軽く頭を下げると、木の弓兵達は一瞬に消えた。

「ワタシはアンドレ。大世界樹の兵士長をしております」

「私はダプ。そして、カノジョは精霊樹林のエルフ姫、ルキでございます」

 ダプの身勝手な行動に翻弄ほんろうされていたルキも彼女の呼びかけに気を取り戻した。

「ルキ。わらわはルキじゃ」

「この方は人間で、渡り人の――」

 ダプの言葉がつまった。

「……青春カズヤ」

 忘れるなよ、名前ぐらい。

「この世界にいる人間以外のヒトと出会えたのは嬉しいかぎりです」

「ボクも光栄です」

 ボクとアンドレは軽く握手を交わした。ぎっちりと交わしたその握手は人間のものだった。

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