第4話 大世界樹の正体は男のコ!?


 兵士長アンドレはボク達を連れて、大世界樹の奥へと進む。大世界樹の空洞は思ったよりも明るい。樹木の穴から日を差していることもあるが、空洞の中で琥珀こはくに輝くヒカリゴケがボク達の足下を照らしている。

「大世界樹は入り組んだ地形となっています。大世界樹に居座る虫たちが樹皮を栄養代わりに食べた結果がこれです」

 どんだけ大きな害虫なんだ、それ。

「これ以上食べられると大世界樹は倒れるかもしれません。そうならないようにするために人間は虫を倒す。それがワタシ達の仕事なのです」

「苦労しませんか?」

「楽園ですよ、ここは。おいしい果実を食べることができて、虫が来ない時はいつでも好きなことしていいので――」

 それは確かに楽園だな。

「ただし! この大世界樹でやってはいけないことが一つあります」

「大世界樹に逆らうことか?」

 ルキはそう尋ねると、アンドレは困惑した表情を浮かべた。

「まあ、それもそうなんですが、……いや、それよりもやってはいけないことです」

 もったいぶったくせに、不発したな。

「えっと、それは何ですか?」

 ボクはアンドレをフォローするように質問をする。アンドレはコホンと軽く咳払いし、ボクの質問に答えた。

「はい、それは世界樹の実を食べることです」

「やはり、そうですか」

 ダブはアンドレの言葉に静かにうなずいた。

「ダプ、知っておったのか?」

「ええ、ルキ様。私達が求める世界樹こそ、世界樹の実です。さすがに列車に世界樹を入れるわけには行きませんから」

「――できんのか? 渡り人」

「異世界すぎるわ!」

 一応、異世界列車の上に世界樹を乗せる構図をイメージする。

 ――なんだろう。頭の中でクリスマスソングが流れて、機関車の上にクリスマスツリーを運んでいる。アメリカの大陸横断鉄道でもみの木を輸送するそんな列車を想像してしまった。

 妄想を振り払うように、アンドレの話に耳を傾ける。

「……大世界樹は様々な世界に存在する世界樹を育てています。その世界樹の素となるのが世界樹の実なのです。世界の法則、世界の知識、世界の約束事、その他諸々の世界の叡智えいちが世界樹の実に眠っています」

 大世界樹は世界の自然法則まで作りあげるのか。

「その世界に住んでいる精霊達は世界樹へとやってきて、世界樹に眠る叡智と魔法の素、つまり、マナを広め、各地に世界の法則を根付かせます。精霊魔法と呼ばれているものは、元は世界樹からやってきているです」

「それでアンドレ殿」

 ルキは人差し指で頬をさすりながら質問する。

「はい、なんでしょうか」

「どんな味なんじゃ、世界樹の実は」

「話聞いてなかったの!?」

 アンドレはエルフ姫の気ままな質問に驚いた。

「世界樹の実はまずいみたいだよ」

「そうか、残念じゃ」

 食べてはいけないものはマズイと言えば、たいてい食べないものだ。

「でも、世界樹の実を間違って食べたら、ヤバそうですね」

「食べた者は即刻、この世界から追放されます」

「追放者は何処へ行くんですか」

「わかりません。そもそも食べた者がいるかどうか知りませんから」

「アンドレは食べたいかのぅ?」

「そんな恐れ多いことを! 世界樹の実は世界そのモノですよ!」

「じゃあ、そんな実を虫とかに食べられたら――」

「虫はなぜか食べません。世界樹の実はマズいからかもしれません」

 虫も本能的にヤバいとわかって食べないのか。虫が食べないものは人間も食べないな。エルフは知らないけど。


 大世界樹の通路から開けた場所に着く。

「このまままっすぐ行けば、謁見の間があります。そこにイヴァ様に会えます」

「イヴァというのは?」

「大世界樹の主です」

「イヴァ様は精霊かのぅ?」

「そのとおりでございます。ワタシ達、人間と会話するために精霊として現れます」

「気難しいか?」

「気難しいというか、何考えているというか。腹が見えないというか……」

 ルキの質問に対して、アンドレは言葉を選び抜こうとする。イヴァという大世界樹の精霊に、だいぶ手を焼いているご様子だ。

「機嫌だけは損ねないでくださいね、とんでもないことされますから」

 アンドレは何度も頭を下げ、ボク達に失礼がないように、と強く懇願した。

「では、ここからは皆さんだけでお願いします」

「アンドレさんは一緒に行かないのですか?」

「ワタシはただの道案内ですから、ハハハ」

 アンドレはそら笑いした。どうやら、アンドレは本気でイヴァに会いたいくないようだ。

「それではこれで」

 アンドレは元来た道を戻り、ボク達から離れていた。


 アンドレの言うとおりにまっすぐ大世界樹の中をまっすぐ進んだ。大世界樹の空洞が少しずつ狭くなり、風の流れが速く感じる。

「精霊が無邪気に遊んでおる。……なるほど、ここにいるようじゃな」

 ルキは探索の疲れを忘れるようにニヤッと笑う。イヴァという精霊に興味津々のようだ。


 風の流れに誘われるように、大世界樹の奥へと突き進む。風が少しずつやみ、袋小路にたどりつくと、そこに小さな影が現れた。

「エルフと精霊、それと人間か」

 思ったよりも甲高い声。声変わりしていない男のコの声?

「やあ、客人。僕はイヴァ。大世界樹の精霊だよ」

 黒白ボーダーのサスペンダーを身につけた男のコ。色濃いアイボリーの半ズボンが似合いすぎる。

「こんなこどもが大世界樹の精霊と思っているかもしれないけど、ボクは正真正銘、大世界樹の精霊だ」

 イヴァが手を払うと木の玉座が現れ、彼はその玉座に座った。

「キミ達が世界樹を求めにこの世界まで来たことは知っている。きっと、キミ達の世界に滅びが来たのだと思う。でも、もう大丈夫。僕の力があれば、キミ達の世界はきっと救うことができるんだよ。さあ、僕の前に願いを言ってみてよ――」

 イヴァと名乗った男のコはこそばゆいことをスラスラと口にする中、ボクは横目でルキを見る。ルキは下を見ながら、ぷっぷっとカオを膨らませして、笑いをガマンしている。一方、ダプはあいかわらずの糸目でイヴァを見つめていた。

「願い事、言わないの?」

 イヴァは首を傾げ、この状況をおかしく思っている。ホントならすぐにでもルキが願い事を言うべきなんだが、当人は笑いをガマンしている。

 機嫌を損なうな、と、アンドレから言われている手前、これ以上、何も言わないのも問題。しかたなく、ボクはルキに耳打ちする。

「ルキ、気持ちはわかるが言え」

「しかし――」

「オマエならできる」

「わかった……」

 ルキはトボトボと前に行き、玉座の前に片膝をついて、頭を下げた。

「いや、そこまでしなくていいよ」

 ルキは膝をつくのをやめ、イヴァと視線を合わせる。

「妾は精霊樹林にあるエルフの里からやってきたルキと申す。妾の世界では、世界樹の力が少しずつ失われ、精霊も減り続けておる。エルフの里はこの事態を重く受け止め、渡り人の力を借りて、大世界樹の下へとやってきた」

「知っているよ、ボクが知りたいのは願い事だよ」

 イヴァはつまらないと言わんばかりに応えた。

「わかった」

 ルキは軽く咳をし、自分の気持ちを言った。 

「大世界樹よ! 妾の願いは新たな世界樹を手に入れること! そのためには妾はどんな試練でも受け入れる覚悟じゃ! 大世界樹! 妾の願いは聞いてくれるか?」

 イヴァはにこやかに笑った。

「うん、いいよ」

 決断早!

「キミの世界はそういう時期だね。早いところ、取り替えないと問題だからね」

 なんだろう。季節の移り変わりにする衣替えみたいな会話は。もっと早急に対応しないといけないのに、まったく焦燥感しょうそうかんを覚えない。

「これはありがたい」

「でもさ、ルキ。僕は納得できないんだよ」

 イヴァはカオを左右に振って、残念な表情を見せる。

「何がじゃ? 妾は何かそそうでもしたのか?」

「いいや。十分だよ。十分。かわいいエルフ姫が見れて、話もできて十分楽しめたよ」

「では、なぜじゃ? なぜ、妾の願いを受け止めない?」

「キミ達の世界の問題ってさ、エルフの里で完結してない? こういうのはもっと多くの者に知れ渡るべく問題だと思うのだけどね」

「人間と相談しろとの注文なのか」

「いいや、世界樹のことを知らなくてもいいよ。世界樹は精霊が集まる場所にでも思ってくれた方が助かる」

「人間が嫌いなのか?」

 イヴァはボクの方をすっと見ると鼻で笑った。

「ちがうちがう。キライじゃないよ。僕の足、――根っこね、根っこ。人間は根っこを食べる虫とか退治してくれるからキライじゃないよ。たださ、人間に世界樹がなくなったら世界が滅びるとか言ったら、エルフはただじゃすまないよね」

 ダプと同じことを考えているみたいだな、大世界樹も。

「僕はエルフが好きだから、こういう話はにして欲しいんだ」

「まるでエルフがもっといるみたいなことを言うな」

「おっ正解」

 ボクのグチに、イヴァは両手を叩いて、嬉しそうな表情を浮かべた。

「そうだよ。ルキの世界にはもう一人、エルフを統べる女王がいる。そうでしょう? ルキ?」

 ルキの目が下を向き、表情が一気に暗くなった。

と話をしろと」

「いや、どっちかというと、僕が話をしたいな。カノジョが自分のいる世界をどうしたいか」

「大世界樹、妾はどのような試練でも受け入れよう。じゃが、だけは――」

「どうして、そこまで嫌うのかな?」

「嫌ってなどおらずぞ……」

 イヴァは首を左右に傾けながらルキを見つめる。ルキはその視線から背けると、イヴァはうんと頷いた。

「まあ、二人は嫌う関係ではないことは知っているけど、世界樹の考え方についてはまったく違うからね」

 ルキは沈黙を守った。それを見て、イヴァはほほえんだ。

「そうだ……、これにしよう。これを試練にしよう」

 イヴァは悪役が笑うが如く、意地悪そうなカオをした。

「キミの試練はもう一人のエルフをここへと連れてくること!」

「大世界樹よ! なぜ、それを――」

 イヴァはルキの言葉を無視し、ボクの方を向いた。

「人間もいいよね、ルキの試練に付き合っても」

「ボクは青春カズヤという名前が――」

「別にいいよ。そんなの」

「あのな」

「じゃあ人間はエルフ姫の世界が壊れるのを望むの? それでいいのなら今すぐ帰りなよ」

「けっこうヒドイこと言うな」

「ヒドイどっちだよ。キミは帰れる場所があって、カノジョたちはそんな場所がなくなるという瀬戸際にある。……つまり、キミはカノジョ達の世界がどうなるのか興味を持った見物人にすぎない」

 言ってくれるな、こいつ。だが、反論できない自分がいるから口を閉ざすしかできない。

「キミの目的も知っているよ。ただの旅なんでしょう? ただの旅。異世界旅行というのは随分な暇つぶしだね。そんな暇つぶしの埋め合わせに付き合っているのがエルフ姫の世界の救い。それはさぞかし面白い面白い旅でしょう?」

 ピキンと来た。ひさしぶりに頭に来た。

「ああ、面白い旅だよ。大世界樹が見れて――」

「そうでしょうそうでしょう?」

「でもな、オマエは間違っている」

「何を間違っていると言うんだ? キミの旅は面白半分の――」

「悪いがまだボクは! エルフの里に入っていないんだ!」

 イヴァの目は丸くなった。

「……えっと、なに?」

 ボクの思いっきりの本音にイヴァの思考が止まった。

「エルフの里って男のロマンが詰まっているだろう!」

「……うん、まぁ、そうだね」

 イヴァの耳が真っ赤になり、恥ずかしそうに視線を下にした。

「そんなところに遊びに行けたのに、行けたのに! 列車から降りようとしたら、コイツがいきなり列車に乗って、大世界樹直行の旅になったんだ! エルフの里で地面に足を踏むこともできずに! もうここまで来たら! もう世界を救う他にエルフの里に入る口実ができないだろうが!!」

「渡り人よ! なんてことを考えていたのじゃ!」

「他にどんな理由でエルフの里に入ればいい!」

「……残念じゃがないな」

「でしょう!! エルフの里へ行くために、ルキの願いを叶う。今のオレの願いはこれしかない!」

 イヴァはくもった表情をしつつも軽く頷く。どうやら、ボクの気持ちをわかってくれたようだ。

「面白半分と言って悪かったな、人間。ある意味、欲望に忠実で素直だ。それならば、ルキの願いに裏切ることはないね」

「裏切る理由は何処にもないだろう?」

「いるんだよね。はさ、自分のことを大切にして客人を置いて自分だけ逃がす」

「まるで見てきたような言いぶりだな」

「さあね」

 イヴァは素知らぬふりをし、ボクの言葉を無視した。

「さて、人間。ルキの試練を付き合ってくれるか?」

「もちろん、付き合う」

「人間も付き合うってさ。後はルキ、君次第だ」

 ルキは身につけていた装飾品を掴み、こくんと頷いた。

「妾は言った。渡り人と一緒に世界を救うと。妾がこんな気持ちになっているから渡り人も弱気になっていた。だから、気を強く持とう」

 目を強くつむり、ルキは誓う。

「――妾は必ず世界を救う! もうひとりのエルフ姫に会い、連れて帰ることを誓おう」

「どんな手を使ってもいいよ。ただ、そのコの話によって世界樹がどうなるからわかっているよね」

 ルキは静かにうなずく。

「……ダークエルフが望むのは穏やかな死のみ」

「わかっているじゃないか、姫」

 イヴァは引き笑いしつつ、応える。

葬斂そうれん王女のダークエルフ、ラギーヌを連れてくることがキミの試練。そして、世界樹の行方はカノジョの希望にかかっている。世界の存亡が、ね」

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