第2話 この世界が滅ぶ理由
精霊樹林にあるエルフの里が離れていく中、エルフの姫の声が聞こえた。
「妾はこっちぞ、渡り人よ」
ルキは異世界列車の座席をパンパンと叩き、ボクに座るようにうながす。ボクはルキに誘われるがまま、そこに座った。
「さて、渡り人よ」
「なに?」
姫という前だというのに、ぶっきらぼうに返事する。
「これは何なのだ? この車輪の乗った鉄の箱は?」
「異世界列車。世界と世界を結ぶもの」
「なるほど、魔法陣ではなく、乗り物で行くとはな」
ルキは矢継ぎ早に質問され、少々まいる。まあ、ファンタジーの定番で異世界を行き来するものと言えば魔法陣か、古代人の残した飛空艇ぐらいか。
「お主の名は何というのじゃ?」
「
「なんと! 妾より年下ではないか! なぜ、そんなヤツが渡り人なんぞしているのか?」
「渡り人なんてしてないけど」
「なんと!!」
ルキは信じられないとばかりと、オーバーリアクションに驚く。
「貴公は自覚あるのか? 世界と世界と結ぶということは、どれだけ大きなことだということに!」
「どれくらい?」
「これぐらい!」
ルキは両手いっぱいで手を広げる。なんかかわいい。
「自覚ないな」
「自覚の問題ではない! 世界、いや、ありとあらゆる全世界の問題かもしれんぞ!」
全世界って、スケール、デカすぎるって……。
「渡り人というのは、ある世界にいる者を別の世界へと渡らせる力を持つ者。
「ふーん」
精霊樹林のトンネルを見ながら、ルキの話に相づちを打つ。精霊達がこっちに向かって、パッとほのかな光を放った。
「渡り人の資質を持つ者は世界を支配できる。数多の世界から魔物を送り出し世界を滅ぼすことができれば、世界の支配者をその世界から追い出し世界を救うこともできる。いわば、支配の力を持ったのと同じ――」
「へぇー」
まったく持って興味ない。
「自覚しろ! 自覚しろよぉぉ! もう!」
やる気ない返事に、ぷんぷんと怒るエルフの少女。耳がピクピク動いて、ホントかわいい。
「とかく、渡り人よ! お主がしっかりしてくれなければ、妾の世界は滅びるかもしれぬ。それだけはわかってくれ」
「滅びる? なんだ、その滅びるって? なんだ」
「それは私が説明します」
「うわぁ!」
思わず立ち上がったボクの隣の席には背の高い女性が座っていた。
薄いワンピース、なめらかな緑髪、陶磁器に似た白い肌と、目が開いているか開いてないかの糸目がとても特徴的。ただ耳はいたって普通だ。
「お初にお目にかかります」
ダプは立ち上がると丁寧なお辞儀をした。
「私の名はダプ。ルキ様の守護者でございます」
「あ、はい」
ボクもなぜかお辞儀をし、お互い座に戻った。
「ダプは樹の精霊、ドライアドの眷属けんぞくじゃ。人間の姿をしているが、木に変化することができるのじゃ」
「元の姿ですよ、ルキ様」
ダプは穏やかに笑った。物腰はやわらかそうだ、
「さて渡り人様。異空の回廊に漂う“大世界樹”についてご存じでしょうか?」
「大世界樹?」
なんだか世界樹よりすごそうだな、それ。
「大世界樹はあらゆる世界が生まれる前から存在していると言われている樹木であり、その樹そのものが一つの世界になっています」
「世界ってなんだか大きいな」
「ええ、あなたが思われているよりもはるかに大きな樹です」
ダプは異世界列車の車窓に指を指した。
「あれを見てください」
異世界列車は精霊樹林の森を抜け、平野へと出ていた。その平野から精霊樹林の森を見ると、一本だけ大きな木がつきぬけている。
――京都タワーより大きいぞ、あれは。
京都駅間近にある電波塔と比べるものは変だが、精霊樹林からつきぬけたあの木が世界樹だ。
「あれがこの世界の世界樹じゃ。エルフの里で管理している」
「あんな大きな木があったら目印になりますね」
「そうじゃ。あの世界樹は精霊たちの宿り木なのじゃ」
「やどりぎ?」
「精霊が力を失ったとき、世界樹の下へと還る。精霊の帰巣本能とでも言うのべきかの」
きそーほんのーって難しい言葉知っているな、プリンセス。
「あらゆる精霊がすべて戻る場所、世界樹はいわば精霊の母であるのじゃ」
「なるほど」
「しかし、そんな母なる世界樹にも問題があってな」
「問題? 問題って、というのは」
「――寿命じゃよ」
ルキは異世界列車の車窓を見ながら、深いため息をついた。
「命あるもの必ず老い、死を迎える。無論、この世界にある世界樹にも死が近づいておる。この世界の人間達は気づいていないかもしれないが、この世から精霊が少しずつ減り続けておる」
「この世界から精霊がいなくなったら――」
「まず、魔法が使えなくなるじゃろうな。精霊がもたらす魔力の素、つまりマナが途絶えてしまうのじゃからな」
「次に、自然の調和が崩れ、異変が現れる。人間が住める土地は少しずつなくなり、やがてすべての土地は枯れてしまう。そうなれば、妾達も無事ではない」
少しずつ危機感を覚えていく。けっこうヘビィな事態だ。
「それって、だいぶまずいんじゃ」
「貴公がしっかりしてくれれば、問題はない!」
ルキはおもいきり胸を張って、自信にあふれた声で言った。
「いや、しっかりしろと言われてもどうすれば……」
「話をまとめますと、ルキ様はいち早く大世界樹の世界へと向かってくれ、と、申しています」
優秀だな、樹の精霊。話がわかりやすい。
「『彼方より来る渡り人が乗る鉄の箱と乗り合わして異なる世界を渡れ。さすれば、異空の回廊にさまよう大世界樹へと辿りつく』」
「それは?」
「世界樹の予言です。私たちはその予言通り、大世界樹の世界へと向かっています」
「確定事項みたいに言っていますが、まだこの列車がそこへと向かうとは……」
「どういうことじゃ? まるで“これ”を操れていないと言うような口ぶりじゃが」
「いや、操れるといえば、操れますが……」
エルフの里で旅がしたかったからまだ後ろ髪を引かれている。自分の中で踏ん切りがついていない。
そんな浮ついた気持ちのボクに、ルキは両手を前にパンと叩き、頭を下げた。
「頼む! エルフ! 一生のお願いじゃ!」
人間の一生のお願いよりもスゴそうなお願いだ。
話を振り返ろう。ルキの世界にある世界樹が滅びそうだから大世界樹の世界へ行き、新品の世界樹を手に入れる。新品って、LED電球を電気屋で買い換えるみたいに思うが、おそらくそういうことなんだろう。
――いや、まいった。危機感が足りない。いきなり世界の危機と言われてもピーンと来ない。正直、実感がない。
こんなふわふわしている自分に願いを託されるのはキビシイものだが、異世界へ行き来できるのはボクだけだ。まあ、好き勝手、異世界列車を動かしているのだから、ここはお手伝いしてもバチは当たらないか。
――それに、エルフの里に入れるかも。
「わかった」
長考の末、ルキの願いを聞くことにした。
「ありがたい!」
「でも、用事が済んだら自分の世界に帰ること。それと、めんどくさいことに巻き込むのナシな」
「大丈夫、大丈夫じゃ。メンドクサいことはダプが全部やってくれる」
「お言葉ですが、私は万能ではありませんよ」
二人は軽い冗談を交わす中、ボクはポケットからきっぷを取り出した。
異世界18きっぷ。18の数字が書かれた魔法のきっぷ。異世界列車はこのきっぷに答え、このボクを異世界の旅へと連れて行ってくれる。
きっぷにある18の上に8の字を描き、1の上に線を引く。
「大世界樹の世界へ」
異世界列車は揺れ、少し上に傾く。
「おっ!?」
ルキはかわいらしい女のコの声を上げる中、車窓は青空の平原から薄暗い雲へと移り変わった。どうやら異世界列車はこの世界から抜け出したようだ。
「異空の群雲。世界と世界の間にある異空の回廊。うわさでは聞いていましたが、こんな狭間があるとは信じられませんでした」
「妾達の世界も広いのに他にも世界がある。なんともまあ面白いものじゃ。このまま、世界の果てまで行きたいものじゃな」
「ハハ」
世界の果ては何があるのかは置いといて、ボクらは異世界列車で大世界樹の世界へと向かうこととなった。
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