第2話

「はぁ〜」


 自分の教室へ向かう途中、俺は今日何度目かのため息を吐く。


 俺は高校2年生の佐藤康太。


 黒髪、黒目の日本人らしい容姿。特別変わっている訳ではない性格。運動、勉強能力。どれをとっても普通。要するにごく一般の高校生だ。

 実際、自分でも普通も普通、ここまでくると普通じゃないんじゃないかと勘違いするくらい普通だと思っている。

 そんな俺だが、クラスでは普通では無いことをされている。

 いじめだ。

 いじめられる理由は心当たりがあった。

 先程説明した通り、俺は完璧ではなく、普通。要するに器用貧乏。尖った能力がないのだ。

 そして、俺の高校は『ユニークスキルアドバンス』とかいう個性的な能力を育てる、そんな教育方針だった。

 個性的というのは、英語が極端にできるとか、運動能力が著しく高い……とかだ。

 そんな個性的な人間の中、俺には特徴が無かった。

 いじめられる理由が普通というのは変わってると思うけど……。

 で、いじめの主な内容は徹底的に無視することだ。

 声をかけても、昼食の時間になっても俺に声をかけてくれる人はいなかった。

 友人は2名いるが、下手に巻き込んでしまうと申し訳ないので話さないようにしている。

 友人がいるだけマシな部類なのだが……辛い。

 もう目の前には扉がある。

 憂鬱な気分だ。また1日が始まってしまう……。

 と思いつつも引き戸を引く。

 ガラガラと無駄に音が鳴り響く。

 クラスの中にいるのは12名程。

 クラスメイトは俺をチラリと一瞥しただけで、それぞれ携帯を見るなり、友人と話すなりして、元の作業へと戻っていった。

 いや、約1名を除いて。


「おう! おはよう康太!」


「お、おはよう。いいのか? 勝手に口を聞いて……」


 クラスメイトの中で唯一挨拶をしたのは俺の中学生時代の友人の1人、古野優だ。

 運動能力が高く、陸上の大会も何度か優勝している。

 その代わりと言ってはなんだが、頭は良くない。ただ、その個性的な能力を買われ入ってきた為、頭脳面は特に気にしていないそうだ。


「別に大丈夫だ! 友達同士が話さなくてどうするんだよ! ほら、良介も!」


 窓際に大声で呼びかける優。

 頭を抑える俺。

 有難いが、迷惑を掛けたくないんだよ……。


「ん? ああ、おはよう康太。ごめんな、ちょっと昨日こいつの新作が出てだな」


 手のひら大の小説を持っているこの男は中山良介。小学生の頃からの親友だ。

 ラノベ、アニメを徹底的に極め、中学生のときには自身の書いた小説を企業から出して貰ったという功績を残している。

 この高校はその能力を買ったのだろう。

 それにしても、その持っている小説は────。


「おはよう! 新作出てたのか!? まだ残ってるかな……」


「難しいと思うぜ康太。火炎ライダーは今流行りのシリーズだし、本屋、康太の家から遠いしな」


「くっそー! 優は買ったのか?」


「当たり前じゃん! 昨日、開店と同時に買ったんだ!」


 マジかよ……。買っていないのは俺だけじゃないか……。

 話題に上がっているのは火炎ライダーという老若男女問わず大人気のヒーローものだ。小説、アニメ、ゲームが一瞬で完売してしまう程の人気さだ。

 火を操る全身鎧のヒーローが別世界で悪魔と戦う。単純な構成がまた面白い。

 そんな風に楽しく会話していたのだが……俺らの団欒は簡単に崩された。


「おい、優! 良介! 何で康太と話している!」


 そう大声で叫んだのは学級委員の勇增いさまし武雄たけお。俺をいじめた原因だ。

 優は学級委員を見てゲッと顔を青くした。


「やべ! ごめんな康太。またあとで」


「すまん……」


「いいよ。慣れてるから……」


 毎日これだ。俺らが話すのは学校外だけ。メールで会話するときもあるけど……。


「おい、康太! お前……何で2人と話した! お前みたいなのが俺のクラスメイトと話すと馬鹿が移るだろうが」


「ごめん……」


 ここで反論すればもっとめんどくさい事になる。

 我慢しなくちゃならない。


「ふん! 何も出来ない奴がしゃしゃり出てくんな!!」


 武雄はそう言って自席へと戻っていった。

 武雄の席の周りには数人の取り巻きが俺を嘲笑うように見ている。


「あはは! 可哀想、康太くん♪」


「ぎゃはは! あんなんでいいんだよ!あいつなんか!」


「でも、本当に可哀想だな……」


「何か言ったか八咫やた」


「はぁ、何でもないよ」


 全く……俺にとっては何にも面白くない。俺を哀れむような八咫という男も弱肉強食みたいな思考なので強く口には出さないし。

 そこまで考えたところで、教室が突然ざわめいた。


「おい、この下の落書き何だ?」


 誰が言ったのかわからないが、その声はよく通っていた。

 そして、ほぼ全員が同時に下を見る。

 そこにあったのは……巨大な文様。外側は黒く、内側は白く光っている。

 こ、これはまるで……魔法陣みたいだ。


「みんな落ち着け! 全く……ひどいイタズラだな。先生を呼んでくる!」


 武雄が席を立った瞬間。

 凄まじい耳鳴りと共に俺の……いや、俺らの意識は沈んだ……。

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