共有

 砂埃が舞い、視界がほぼゼロの中、僕の顔に何やら柔らかい感触が張り付いている。それが一体何なのかは男の子なのでなんとなくわかっていたが、念の為、確認してみる。手のひらに収まる丁度いい大きさ、柔らかさは当然の事ながら、衣類以外包んでいる物のないそれは、なまじ直接触るよりも感触が手に残る。だが、誤解の無いようにもう一度言っておくが、である。


「ん……」


 姉のこぼれる吐息に我に返り、肩を掴み、何もなかったかのように姉を揺さぶり起こす。


「姉さん!?大丈夫?」

「もう……タッくんたら、思春期」

(起きてたーーーーーー)

「い、いや、違うんだ姉さん、こ、これはね?……えっと……」

「いいのよ、男の子なんだから。なんなら、中から触ってみる?お姉ちゃんはいつでもウェルカムなんだけど……」


 馬乗りの姉に両手首を掴まれ、まるで身動きが取れない。足を少しばたつかせてみたところで一向に変わらない力の差に対しては諦めが肝心だ……。

(姉さん……力強すぎ!)

 鼓動の高鳴りと同調するように息が荒くなり、顔の距離が縮まっていく。首元が比較的大きく開いている姉の薄いワンピースから悩ましげな一対の膨らみがちらつく。


「ごほん、こんな時に何をなさってますの?」


 咳払いと共に砂煙の向こうからミカエルの声と姿が現れた。


「あ、あの、えっと……これには深い訳がありまして……」

「あら、それは実に興味深い。お聞かせいただけるかしら?」


 顔は笑っていたが、心が全然笑っていないというのがすぐにわかった。入隊初日だというのに次から次へと僕の印象は悪くなる一方だ。


「お前ら無事か?」


 反対側の砂煙の向こうからライアンが僕らの声を聞きつけやってきた。しかし、真っ先に見えたその光景はさぞすさまじかっただろう。マウントポジション争いの結果、馬乗りになるミカエルの首にチョークスリーパーをきめる姉。僕は何もさせてもらえず、意見も通らず、ただただマグロ状態だった。


「……なにやってんだ、お前ら」


 ライアンからたっぷりお叱りを受けた姉とミカエルはおとなしくなった。そして当然のように僕も怒られた。……被害者だと思うんだが。


「それにしても、この土煙……なかなか晴れないな。ちょっと異常だ」

「そうですね。あの衝撃から10分は経過してます」


 ライアンは時計を確認したり、通信を確認したり、とにかく視覚的情報に頼れない今、最善の状況判断が必要となる。


「……やっぱりダメだな。通信ができない。衝撃で壊れたか……」

「敵の妨害か、ね。電源は入るようだから、おそらく人為的な磁気嵐の可能性もありますわね」

「ああ、何より、マリリン達の安否、それに本部の状況をなんとか確認しなくてはいけないが……俺らの部隊に通信系の魔法を使えるやつはいないし……」


 途方に暮れるという表現がぴったりなのだろう。状況が一向に好転しない今の現状と依然立ち昇る土煙の壁に阻まれ、さすがの隊長の顔にも不安が過り、それが影を落とす。


「あの……ひとついいですか?」

「神藤。なんだ何か妙案でもあるのか?」

「通信系魔法は使えませんが、僕と姉さんならできるかも……」


 暗然たる世界に差し込む一筋の光の如く、ライアンの顔も表情が明るくなった。


「神藤、それはほんとうか?」

「はい、ただし、僕が姉とリンクしている間、僕自身が完全な無防備になります。すみませんが、護衛だけお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あたりまえだ、それはまかせろ!」

「私もいます。まさかせてください」

「お二人ともありがとうございます」


 姉の方へ振り向き、気合い入れるように大きく深呼吸を行う。

 仕組みは難しくない。姉をアンテナの役割とする共有リンク魔法の応用で、人から漏れ出す微弱な魔力反応を探知して、繋ぐ。アンテナ役は誰でもいいというわけではない。体内に膨大な魔力を保有している姉だからこそできる魔法であり、僕はその魔力を少し借りるのだ。


「じゃあ、やろうか姉さん」

「ああ、ぞくぞくするわ……やっと一つになれるのね」

「……姉さん、言い方が……」

(まあ実際そうなんだけど……)


 姉の額に手をかざし、意識を姉の中に集中させる。


「リンク!」


 僕の意識は真っ白い空間の中に飛ばされる。中央に小さな人影がいて、僕の方を見ている。それは姉の表層心理上の理想形であり、本当の姉ではない。いや、正しくは姉が理想とするお姉ちゃん像であり、僕の年齢に合わせ、自ら作り変えた姿。

 本来なら、姉の時間はあの時から止まっているのだから――。


「姉さん。少しの間、姉さんの意識と魔力を借りるね」

「……」


 この空間では姉はしゃべらない。微笑み、僕の手を取り、胸元に押し当てると、肉体に手が吸い込まれる。文字通り、一つになるのだ。

 感覚を共有することで、僕は姉の力の一部を使うことができる。変な話だが今の僕は姉であり、姉は僕でもある。


(ぼくを中心とした半径2マイルを探索域に指定、魔力結界を展開)


 姉の肉体側では頭上から見えない魔力線がいくつも張り巡らされる。


(まずは、隊長とミカエルさんにリンク)


 魔力線が二人の頭を貫くと、隊長とミカエルの意識や視界、心拍などが、疑似モニターとして真っ白な空間に漂う。


(聞こえますか、隊長、ミカエルさん)


 繋がった魔法線を電線のように使い、僕の言葉を直接二人の頭に流し込む。逆に二人からは視覚、聴覚、嗅覚、バイタル情報などを魔力によって変換し、確認しやすい形でモニタリングする。これは姉の負担を減らす為でもあるが、同時に僕の負担を減らす為でもある。

 リンクした一人ひとりの情報を全てそのまま受け取ると、とてもじゃないが処理しきれない。そのため、情報を魔力により変換するのだが、変換時に膨大な量の魔力が必要になる。故に、僕と姉にしかできない魔法なのである。


「……ん?神藤か?ああ、聞こえる。だが不思議な感覚だ、まるで直接頭の中に語り掛けらているような感覚だ」

「私も聞こえるわ。ごめんなさい、まだ慣れないからちょっと気持ち悪いわ…」

(大丈夫です。すぐに慣れますよ。では、残りの皆さんを探し出し、リンクさせますので少々お待ちください)


 的確に微弱な魔力を放つ生体を感知し、繋いでいき、メンバー全員に繋がると、真っ白い空間は皆の情報で溢れ、色鮮やかな空間になる。


(こちらタクミです。皆さんの意識をリンクさせました。時間が無いので詳しい説明はしませんが、合流してください。場所は――)

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