愛ゆえに

 乾いた砂が広がる施設外の大地。赤茶色の肌を晒す岩山が沈みかけの夕日を背に悠然たる色彩に染まる。所々に緑があるが、夕日も手伝ってか、景色に同化して見える。


 ゲファルトから3マイルほど進み、敵との距離が徐々に近づいていくのがはっきりとわかった。その間も敵は魔法砲撃を続けており、空には魔法痕がくっきりと漂っている。


(だけど何か妙だ。敵の奇襲にしては魔法規模も強度も中途半端……あれじゃ結界はやぶれない。場所も移動しないし……見つけてくれと言っているようなもんだろ……)


 恐らく僕の考えは、はじめからメンバー全員が感じており、罠の危険性も承知しているだろう。しかし、野放しにするわけにはいかない。


 ホアンとミーシャを軸に右翼マリリン、左翼ミカエル、後方にライアンと僕というフォーメーション。それぞれの距離は200ヤード前後。高低差の少ないこの土地ではギリギリ目視で確認できる距離なので、ハンドサインも有効だが、意思疎通には小型のインカムマイクを使うようだ。


『たーいちょうー、みつけたよー!距離……だいたい450ヤードくらいかな?5人?』

「了解。ストレングスとバーサーカーはその場で待機。エンジェルはこちらに合流、プリンセスはストレングス達と合流し待機。位置情報を本部に連絡する」

『『『『了解』』』』


 ライアンは僕達がちゃんと付いてきているか確認するように一瞥すると、相変わらずミーシャは五感が鋭いねと、苦笑いをしながら前を向く。しかし、姉さんは既に敵の位置から人数、装備に至るまで把握していたようで、隊員でもないのに、反論した。


「ちょっと惜しい。先頭から距離500、7人よ」

「だそうです、隊長……」

「……マジ?」

「マジです」


 ライアンは第8部隊の隊長。故に軽率な判断はできない。経験も信用もミーシャを含め他のメンバーの方が上であることは間違いない。


「なぜ正確に把握できる?」

「私死霊なので」


 驚きと不信が同居しているような顔をするライアン。僕は慌てて、フォローをした。


「あ、姉さんは死霊の中でも上位の存在なんです。なので、空気中に漂う下級霊に指示を出して操ることができます」

「え?幽霊ってホントにいるの?」

(そっち!?)

「まあ、正確に言えば、人の意志がマナに残った残存体みたいなものですが……幽霊という認識であっていると思います」

「……にわかには信じがたいが……わかった。神藤姉を信用しよう。神藤姉、これが周辺地図だ。敵の詳しい位置は?」


 ライアンは地面に地図を広げ、姉の助言を求めた。姉はペタペタとライアンに近づくと、中腰になりライアンを見つめる。それに気づいたライアンは地図から視線を外し姉の方に視線を移した。


「隊長さん……。神藤姉より、タッくん姉の方がいいです!できればタッくんのおねえちゃんがベストです!」

(そっち!!?)

「……長いな。普段はそう呼ぶが、今はシスターで我慢して欲しい」

(普段は呼ぶんかい)


 姉はサムズアップポーズを取ると、詳しい敵の位置をライアンに伝えた。


「本部。こちら、第8部隊。敵の位置を把握、データを送信しました。送れ」

『こちら司令本部。了解。データ確認。追って指示を出す。以上』


 ◆


 一方、ゲファルト本部では、ネルドマン看守長を司令とした通信部隊が各部隊の状況把握に励んでいた。


「看守長、第8部隊から敵の位置を確認したとの情報あり。データを展開します」

「うむ」


 ホログラムとして展開されたデータがネルドマン看守長の目の前に現れた。


「距離は4マイルといったところか。狙撃にしては粗い距離……。敵は何を考えている?」

 ネルドマン看守長の隣に控えていたジュリス部長が進言した。

「看守長、陽動の可能性が高いかと」

「……だろうな。まあ、だが、敵の挑発に乗るしかないのも事実……第8部隊を奇襲に向かわせるのも手だが……殲滅級魔法の使用を許可する。時間はヒトハチサンマル。第8部隊には一時撤退を伝えろ」

「了解」


 ◆


『こちら司令本部。殲滅級魔法の使用が許可された。第8部隊は一時撤退。時間はヒトハチサンマル。繰り返す――』


 ライアンは本部からの指示に青ざめながら時間を確認する。時計の針は18時25分を指していた。


「おいおいマジかよ。皆聞いたか、時間が無い、一時撤退だ。巻き込まれるぞ!プリンセス、ストレングス達をまかせたぞ」

『……まかせて。あ、了解』


 殲滅級魔法とは半径1マイル、キロに直せば直径約3キロメートルにおよぶ戦略型都市殲滅魔法の一つである。その中でも一番規模の小さいものが殲滅級だが、威力は強力で防御魔法を展開しなければ人など簡単に蒸発し、骨も残らないと言われている。

 世界大戦時代にその威力で猛威を振るった殲滅魔法のおかげで帝国は勝利。なし崩し的に終戦を迎えた。


 ◆


 時計の針は18時29分40秒を回った。


「ネルドマン看守長、第8部隊、射程範囲外への撤退を確認。第1部隊から、発射準備完了との報告あり」

「うむ。では予定通り、定時に殲滅級魔法発射」

「了解。こちら司令本部。第1部隊、定時発射。結界を解放する。繰り返す――」


 ◆


「そろそろだ……。全員伏せろ!」


 それは一瞬の出来事だった。

 ゲファルトの魔法結界が水のように天井部分から剥がれると、空に6個の巨大な魔法陣が縦に並んだ。小さな光が魔法陣を通過するごとに光は徐々に大きくなり、薄暗くなった空の先の雲を割って、その中に消えていく。


 次の瞬間、光は敵のいる位置の真上に現れ、地面に着弾。同時に今まで見たことのない巨大な半円の光が地面を覆い、すぐに爆風と爆音、乾いた砂のつぶてが押し寄せる。


 もう――そこからは目を開けてはいれなかった。


 ◆


「着弾確認」

 着弾確認という言葉が、司令室中で繰り返される。

 ネルドマン看守長はすぐに、展開されたデータをもとに、第8部隊に指示を出すよう命令した。

「第8部隊に周辺捜索」

「了解。こちら司令本部。第8部隊聞こえるか。応答せよ。繰り返す――」


 司令室の通信士は第8部隊に呼びかけるが、一向に応答がない。


「看守長、だめです。応答がありません。ノイズから推測すると、強力な磁気嵐が発生している可能性があります」

「磁気嵐?たかだか殲滅級での発動でか?今までそんなことはなかっただろ?」

「おそらく、殲滅級魔法に乗じた、敵の罠かと……」


 緊迫した雰囲気の中、建物が揺れ、遠くから爆音がする。突然、司令本部の扉が勢いよく開くと、ボロボロになった一人の看守が入ってきた。


「どうした!?なにがあった?」

「ご報告します。敵が複数施設内に侵入、奇襲を許しました……ドーガー及びエコーが占拠されました」

「なに!?馬鹿な!」


 ネルドマン看守長は静かに腕を組むと、ため息を漏らす。


「第8部隊をなんとしてでも呼び戻せ!それまでは、囚人の保護を優先。誰一人外に出すな!」


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