自己紹介

 僕は隊の皆に全てを話した――。

 母の事、姉の事、事件の事、神藤について、父について。包み隠さず全て。それでも失った信用はすぐには取り戻せないかもしれない。でも、徐々にでもいい。僕を認めて、信用してくれるのであれば話す価値はあると考えた。


 だが、他人に自分から母の事を話すのは初めてだった。中学、高校の時は面白半分で母の事を聞いてきた奴もいた。正直辛かったが、僕には目的があった。死霊だが姉も傍にいてくれた。だからこそ耐えきれたというのもあるだろう。もしそれがなかったらと思うと、僕は自ら死を選んでいたかもしれない。


「そうか。そんなことが……。先ほど君がどうしてもこの施設でなければいけないといった理由はそれか」

「はい。魔導執行官ブリッツフォースにはいくつか特権が認められているとも聞きました。その一つが囚人の管理を名目とした自由面会」

「まあ、特権と言っても私情で行使する奴はほとんどいないけどな」


 ライアンは椅子から立ち上がると、手を叩き、では気を取り直してと、他のメンバーに自己紹介するように促した。


「じゃあ、ミカエルさんから時計回りでお願いします」

「了解隊長。私の名前はミカエル・プッチよ――」


 ここに来て一番最初にあった第8部隊のメンバー。年齢は28歳で隊長より年上だが、実際もう少し若く見える。10代は流石に厳しいが、20代前半と言われても信じてしまうだろう。得意魔法は幻惑系。僕の精神干渉と似てはいるが根本が全く異なる。幻惑系は何らかの方法で視覚、聴覚、嗅覚などの五感に働きかけ、相手を戦闘不能にさせる魔法。僕よりも隠密性が高い。そして彼女の固有技能は『超回復ゼラアクティブ』という細胞を活性化させて傷を修復したり、一時的に痛みなどを和らげたりすることができる高度な自己暗示。


「というわけで、よろしくね!タクミ。私の超回復ゼラアクティブでいつでも癒してあげるからね」


 ミカエルは僕の座るソファーに座り直すと、腕を絡め、胸を押し当ててきた。


「ちょっと、タッくんにそのだらしない脂肪の塊を押し付けるのやめてくれないかしら、このクソビ●チ」

「あら、いたの?見えなかったわ、死霊ゴーストだから!」


 女達の激しいののしり合いに巻き込まれる僕の身にもなって欲しいと思わざるを得なかった。


「……ちょっと……姉さん……ミカエルさん」


 そこに追い打ちをかけるように、クマの人形を抱えた幼女がしれっと僕の膝に座る。


「あたし、マリリン。マリリン・アズール――」


 どうみても幼女にしか見えない彼女はミカエルと同じ28歳。10代未満だと言われ他方がまだ納得できる。固有技能は持ち合わせていないが、帝国の中でも特に希少な重力制御系の魔法を得意としている。強力な魔法ではあるが、重力制御はマナの燃費が悪く、すぐガスケツになるのが欠点だ。


「あら、マリリン、抜け駆けはいけないわ」

「……でも、タクミ可愛そう。こんなおばさんと幽霊に囲まれて」

「あんたも私とタメでしょうがっ!」

「そうよ!そもそも膝の上そこはお姉ちゃんの席です!どいてください!」


 姉と他のメンバーは初対面だというのにどうしてこうも打ち解けるのが早いのだろうか。生前の姉も友達がとても多かった。誰とでもすぐに仲良くなる事ができるところはいつも尊敬する。

 不意に僕の身体が宙に浮いた。膝に乗っていたマリリンが床にコロコロと転がる。誰かが僕の襟首をつかみ、持ち上げたのだ。


「お前らいい加減にしろ。神藤が困っているだろ」

「え~だって!」

「やめて!タッくんを猫みたいにしないであげて!」

「だってじゃない!……大丈夫か神藤?」

「ああ……ありがとうございます。助かりました……ハハハ」


 僕を軽々と持ち上げた男性は、僕をゆっくり地面におろし、腕を組む。


「俺の名前は、ホアン・ローだ――」


 ネルドマン所長並みの身長と鍛え抜かれた筋肉の持ち主である彼は、要人暗殺など帝国の裏側を経験してきた元帝国特殊部隊工作員。しかし、他国との戦争が終わり軍備縮小を名目に解散。知り合いの伝手でここに入隊したそうだ。第8部隊の創設メンバーで他のメンバーの誰よりも古参だが、本人は好んで雑用に回っている。得意魔法は人体制御系の中でも硬化に特化している。工作員時代は"鉄壁"の二つ名があったとかなかったとか。


「何かあったらいつでも相談してくれ。俺らは今日から家族だ」

「ありがとうございます」

(なんかスゲー心強い……)


 残るはこんな騒ぎの中でも微動だにせずに雑誌を読みながらソファーに座ったままだったくせ毛の女性。食い入るように見ているため、顔が全く見えなかった。


「ミーシャ。最後は君だ。自己紹介よろしく」


 ライアンが彼女に声をかけると、一瞬ビクッと反応して、こちらに顔を向けると盛大に鼻血を出してした。


「あらやだ、ミーシャ。また普通の雑誌にアダルト雑誌重ねて読んでたの?」

「でへへへ……いや~お恥ずかしい」

「……あたしが拭いてあげる」


 マリリンが甲斐甲斐しくミーシャの世話をすると、満面の笑みを浮かべる。

 綺麗な顔だが、鼻にテッシュを詰めた状態だとなんとも残念だ。


「ボクはミーシャ・ネルソンだよ――」


 第8部隊の中で一際異彩を放っているボクっ子の彼女。名前以外は特に話さなかったため、ライアンが慌ててフォローをした。彼女は魔導執行官ブリッツフォースの中でも一二を争う戦闘センスを誇っている。彼女が本気を出すと、誰も止める事ができないと言われている。さらに彼女の固有技能である『無力化ディスエブル』は非常に強力で、彼女が触れたエネルギーは0になる。しかし鼻に詰めたティッシュ同様、残念な事に彼女は基本的にバカだそうだ。大事な任務中に勝手に持ち場を離れ、蝶々を追いかけて隣町まで行っていたという逸話まである問題児だ。しかし、そのキャラクター性からか、部隊の中では愛されている(ようにみえる)。


「じゃあ自己紹介も終わったところで、今夜は親睦も兼ねて、皆で食事でも……」


 ライアンが言いかけると、大きな揺れと共に部屋中にサイレンが響きわたる。その音でさっきまで穏やかだった皆の顔が急に真剣になった。


「どうやら食事会はお預けのようだね。みんな戦闘準備!指示が出るまで待機だよ」

「「「「了解」」」」


 皆が慌ただしく準備を始める中で、僕は戸惑うことしかできなかった。すると、誰かが僕の肩を叩く。振り返ると、真剣な表情ながらも口角を上げ、ライアンが微笑んでいた。


「これは実戦だ。連携を合わせてない神藤は俺の後ろについてきて。大丈夫。皆がついている」


 それでも僕は手の震えが止まらなかった。全て覚悟の上で、訓練もして、頭ではわかっていたことだ。でも実戦は違う。死ぬかもしれないと思うとどうしようもなかった。


「大丈夫。お姉ちゃんもいるから」


 姉が僕の手を握ると、不思議と震えが止まった。


「ありがとう。姉さん」


 そして僕の震えが止まったのとほぼ同時にサイレンが止まると館内放送が流れた。


『こちらゲファルト本部。何者かによる施設外周からの魔法砲撃を確認。第1から3部隊は中央棟内警護を強化、第4、第5部隊は各施設の警護、第6、第7部隊は正面から迎撃態勢。第8部隊は遊撃、施設外への進行、及び有事の際は魔法での交戦を許可する、繰り返す――』


「みんな集まれ。聞いての通り、俺らは遊撃だ。緊急事態によりブリーフィングは無し。基本フォーメーションはC。各自連携を取りながら進行、細かい指示は状況を見ながら俺が出す。気を引き締めろ」

「「「「了解」」」」

「神藤と神藤姉は俺について来い。全員出動!」

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