お姉ちゃん降臨
中央棟『ケルベロス』の一角に
「さあ、着いたよ。ここが今日から君の"家"だ」
扉を開けると、眼前に広がる景色は刑務施設内とはとても思えない光景であった。いわゆる豪邸と称されるような、リビングと言われても遜色ない玄関。その先にはさらに大きな部屋があり、何に使われているのかも検討がつかない。その奥に大きな螺旋階段があり、豪華な装飾品や調度品の数々。およそ軍人の使う部屋とは思えない。それに、ゲファルトの外観や構造から考えてもあり得ない。
「あの……ここは一体?」
「どう?すごいでしょ?空間魔法で繋げてるんだ。あ、土足のままでいいよ。入って入って」
僕の理解を置いてけぼりにして、ライアンはぐいぐいと奥へ進む。
大きなソファーが3つ置かれた玄関の先の何に使われているかよくわからない部屋。よく見ると、誰かそのソファーの一つに座っているようだった。
「ただいま」
ソファーに座り、分厚い辞書のような本を優雅に眺めていた女性がライアンの声に気づくと、身体を起こし、こちらを振り向く。
「あら、隊長。おかえりなさい。早かったのね」
「うん。まあね。ミカエルさん、前に言っていた新人を連れて来たよ。他の皆を呼んできてくれないかな」
僕の存在に気づいたミカエルは品定めするように僕を上から下まで凝視した。長い栗色髪を肩から前に流し、モデルのように整った顔をした彼女。大きな胸を強調するようにYシャツの第三ボタンまでを開け、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ああ、その子が噂の。隊長に似てるわね。ふふふ」
「いやぁ、彼は俺より優秀だよ」
「違うわ、雰囲気の話よ。それに……」
ミカエルは立ち上がると僕の前に立ち、僕のネクタイをグッと引き寄せ、顔を近づける。主張の激しい双丘が僕の薄い胸板にヒタと張り付く。
「君の方が美味しそうだわ」
「え……っと……?」
(うわ、顔近い、でもなんだかいい匂い……)
女性の顔が近い。女性がこんなに近いのは初めてだった。ミカエルの吐息や息遣いが耳を優しくなでていき、身体が自然と反応してしまうそうなのを必死で抑え込む。
ライアンはやれやれという感じで、僕を助けようと手を差し伸べた瞬間、ミカエルの身体が物凄い勢いで離れ、足をバタつかせて宙づりの形になる。
「うぐ…え?なに!?これ?」
それはまるで見えない何かに胸倉を掴まれているような恰好。ミカエルは掴まれている感覚のある胸倉を必死に調べるが、何もない。
「なんだ!?これは……」
ライアンも予想外の展開に動揺するばかりだった。
「もうやめて!姉さん!」
僕がそう言うと、ミカエルは地面に落ちる。
せき込むミカエルは涙目になりながら、恐怖のような憎しみのようななんとも言えない表情で僕を見上げた。
「……神藤、これは一体どういうことか説明してくれるかな?」
ライアンは不安そうな顔をして、僕に質問をした。入隊初日、これから一緒にやっていこうって時にこんな事があってはチームメンバーとして信用されないだろう。なんて事をしてくれたんだと、ただただ姉を恨むばかりだった。
「本当にすみません……今のは僕の姉です」
深々と頭を下げる僕の横に姉が姿を現す。
実体が足からスーッと下半身を染め上げていき、腹部から腕、そしての上半身までの身体全てが染め上がる。長い黒髪をなびかせ我が姉のご尊顔が現れた。白いワンピースがふわりと身体を纏う。
「……そして、僕の姉は、僕の
肩にかかっていた髪を後ろに払うと、姉は嬉しそうに僕の腕に絡み付く。
「やん、タッくん、お姉ちゃんって言って!」
◆
「なになに?どうしたの?」
「一体何の騒ぎだ?」
「……ミカエル、うるさい」
騒ぎを聞きつけた第8部隊の面々が自室から出て来くると、ソファーのある部屋には他のメンバー全員が集まった。
「ああ……うん。ごめんねみんな。ちょっと座ってくれるかな。例の新人についてなんだ」
状況の飲み込めないメンバーはライアンに言われるがままに各々ソファーや椅子に腰を下ろす。僕もソファーに座るが、相変わらず姉はベタベタ僕にくっついて離れない。ミカエルは機嫌悪そうに僕の姉を睨みつけていて、ただでさえ入隊初日で居場所のない僕は息が詰まりそうだった。
「えっと、まずは皆に紹介するよ。彼が今回新しく我ら第8部隊に配属になった神藤・タクミ・ヘルゴラント。隣にいるのは彼のお姉さん……だそうだ」
全員が目を白黒させて僕ではなく姉を見つめる。僕は立ち上がり、もう一度深く頭を下げた。その勢いで姉はソファーに置き去りとなった。
「神藤・タクミ・ヘルゴラントです。この度は入隊初日からお騒がせして申し訳ありませんでした!」
「タッくんのお姉ちゃんのカスミです。皆さん、弟と仲良くしてくださいね」
「もう!姉さんは黙ってて!」
姉はムスッと頬を膨らませると、顔を背け、何かぶつぶつ文句を言っていた。
「隊長、一ついいか?新人は一人じゃなかったのか?」
質問をしたのは、褐色の肌にスキンヘッド、ライアンとは対照的な、まさに毎日鍛えている軍人という印象の男性。
「いや、ホアン、新しく入隊するのは彼だけで、彼のお姉さんは彼の
今一つ納得できていない表情のメンバーを尻目に、姉は無理やり僕をソファーに座らせると、腕を絡めてくる。
「どこから説明したらいいか……まあ、はじめからですよね……」
「じゃあお願いするよ」
ライアンも椅子に座り、皆が僕のしゃべり出しに注目していた。姉以外は。
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