*5
「ボクが、サエちゃんと会ったのは――君が亡くなるときだったんだ。
あの日の昼下がり。先生の都合で休講になってしまったから、一度家へ帰ろうと思った。そうしてあの道を通りかかったとき、誰かが電柱を背に座り込んでいるのが見えた。
暑い日だったから熱中症で倒れているのかと思って、恐る恐る覗き込んだんだ。――君は眠っているようにそこにいた」
小さく雨の音がする。耳を澄まさなければ聞こえないほど、小さい音。
言葉に詰まったボクを、サエちゃんは人形のような目で見ている。サエちゃんの寝顔のような安らかな死に顔がフラッシュバックする。
「肩を叩いて、意識がないことに気付いてすぐに救急車を呼んだ。すごく必死だった。人工マッサージもしたし、大きな声を上げて助けを呼んだ。その内集まってきた誰かがAEDを持ち出してくれて使った。救急車が来るまでに出来ること、想像つく限りできたと思う」
それでも、助けられなかった。外の暑さと反対に冷たくなっていく身体。救急車に乗ってからも、隊員の人の懸命な応急処置が続いたけれど、病院に着く前にはすでに息絶えていた。
「……驚いたよ。それから一週間経って、君があそこに立っていたから」
「わたし」
サエちゃんは虚ろな目で、両手に包んだマグカップを見つめている。
「わたし、死んだの?」
そのまっすぐな言葉に、ボクは息を呑んだ。
「――ああ、思い出したわ」
サエちゃんは立ち上がり、ゆらりゆらりと揺れながら、窓へと向かう。虚ろな目にはカーテンの向こうを映し出しているようだ。
「事故なの。車に当て逃げされて……引き倒されて……」
悔しそうなサエちゃんの声が響く。ふと、肌寒い気がして、腕をさすった。――気のせいではない。エアコンは点いていないのに、部屋はさらに寒くなっていく。
「サエちゃん……?」
背後で物音がして振り返る。テーブルの上に置いていたテレビのリモコンが落ちている。テーブルの真ん中にあったはずなのに。
「サエちゃん」
嫌な予感がして、サエちゃんに駆け寄ると、彼女は小さい声でなにか呟いた。
「サエちゃん!」
「なんで……わたしが……」
さらに気温が下がっていき、サエちゃんの声にノイズがかかる。
ただ、君が光のある場所に行けるように祈っていただけなのに。
ボクはなにを間違えた……?
「ゆるせない」
底から響くようなその低い声を最後に、サエちゃんは消えてしまった。
サエちゃんが、大切に、包み込むようにして使っていた赤いマグカップには、大きな亀裂が入っていた。
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