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それからまた数日、サエちゃんは姿を見せなかった。
ボクは昼に夜にとこの道を通るようにして、サエちゃんの立っていた電灯の下に来たけれど、会ったのはお供えに着た人ばかりだった。
サエちゃんは金曜の夜に姿を見せた。もしかしたら、ここに現れるのは金曜日だけなのかもしれない。
そういえば、ボクの家から出た記憶がないような口振りだったけれど、ボクの過ごした日常の一週間、彼女はどこに居たのだろう。
足許には電灯に寄り添うように、新しい花束とお菓子が置かれている。
ボクは、君に隠していることがある。何度も話そうと思っては、勇気が出なくて口を閉ざしてしまっていた。
街が夕陽に染まっていき、人工的な明かりがぽつりぽつりと点り始める。
目の前の電灯の明かりが点くと、浮かび上がるようにサエちゃんは姿を現した。
――君と迎える、三度目の金曜日。
サエちゃんはボクの部屋に上がると、いつもの位置に腰を下ろした。ボクがベッド側に座るから、テーブルを挟んで向かい側だ。オシャレなクッションや座布団はあいにく無いので、ラグの上に直に座ってもらっている。
「今日もコーヒーでいい? それとも貰い物の紅茶があるけど」
「それなら、紅茶がいいな」
サエちゃんは授業中のようにまっすぐに手を挙げると、そう応えた。これまた我が家にはティーポットなんてオシャレなものはないので、ティーパックをそのままカップの端につるした。
――あったところで、ちゃんとした淹れ方なんてわからないけれど。
サエちゃんは時折、自分の着ているワンピースの裾を見つめていることがある。思い出せないという記憶の淵に引っかかっているのかもしれない。
「どうぞ」
サエちゃんにはシンプルな赤いマグカップ。ボクのはお土産に貰った、白にご当地キャラクターの顔が描かれたもの。いつもはコーヒーだけど、サエちゃんに合わせて珍しく紅茶だ。
サエちゃんはいつも両手で包み込むようにして飲む。その仕種があどけなくて、切なくなる。
医者だったら死期の宣告があって、裁判官なら死刑の宣告がある。けれどこうして、死者に死を宣告する人はいるのだろうか。
口数の少ないボクの顔色を、サエちゃんは気にしているのだろう。マグカップとボクとの間を視線が彷徨う。
「なにか、思い出した?」
「ううん、なにも」
「思い出したい? どんなことだとしても」
サエちゃんと視線が交わる。肯いた彼女の目が、強く光を放っている。
ありのままに話そう。決心して、背筋を正した。
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