(26)


「そんなに驚くような事ではないだろう?

たかがこのくらいでいちいち驚いてなんぞいたらこれから先、命がいくらあっても足りんぞ。」


ザナ・タークが投げたバスローブをそのまま裸体の上へと無造作に羽織ながら、ギルガンディスは少し意地悪そうな表情でそう答えた。


「だってまさか全裸だなんて思ってもいなかったんだもの!って言うけど十分すぎるほどこっちにとっては大事おおごとなんだからね!!」


慌てて反論する私に向かって、ギルガンディスはポカンとした表情をしながら


「…なんだ?何を今更ながら…小さい頃は一緒にお風呂だって入っていたじゃないか。」


…などと言い出す始末。


「いやいやいやいや…!親子とは名ばかりで、私とお父さんが出逢ったのはたった2週間前でしょ!?それなのにお風呂なんて一緒に入るわけないじゃない!!」


さらに慌てて反論を続ける私の後ろで何故か腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべているラミカ。


「…さすがヤーガスタル地方を治めている名高い魔王ってだけあって、その股からぶら下げている息子さんも超一流ね。」


そう言ってラミカはクスッと笑った。


「…フッ…さすが日々一流の物だけを扱っているラミカ・グラスウェイ。この一流さを一発で見抜ぬいてしまうとは、さすがに目が肥えているな。」


「お褒めに預り光栄よ。久々にいいモノを見せてもらえたわ…。」


「こちらこそ。そちらのお眼鏡にかなって光栄だ。」


ラミカが放つ、どこかしら下品な雰囲気の漂う言葉の羅列達に動揺する様子すらなく、ギルガンディスも何故か不敵な笑みを浮かべて何やら奇妙なやり取りを繰り広げていた。


「…で?私はハミルトン城に行って何を学べばいいの?」


私はつっこめばつっこむ程長くなってしまいそうなそのやり取りを華麗に無視して、ザナ・タークにそう尋ねた。


「まず今のお前に一番足りていないのは、

【兵法】だ。圧倒的に場数と経験数が少なすぎる。団体での戦いに必要なのは部下の信頼と上に立つものの指揮力、そして統率力と団結力。あとはそれぞれの兵士の質と量に加えて、軍自体の士気を高める技術も必要となってくるからな。」


先程までの雰囲気とは打って変わって、冷静な表情のまま緊迫した口調で話す、ザナ・タークの言葉に、私はこくりと唾を飲み込んだ。


「これから先、ジャクリーンがどのような形で動き出すか分からん。今の間にこちらも準備を整えておく必要があるからな。タークの元でしっかりと学んで来い。」


ザナ・タークの緊迫した様子を察してか、ギルガンディスは優しい笑顔を浮かべて、その場の雰囲気を緩和させるかのようにそう付け加えた。


私は少し俯いて二人の言葉を噛みしめると

ギルガンディスに向かってある提案をした。


「あ、そうだ、お父さん。ハミルトン城に旅立つ前に、メラリィを返して欲しいんだけど…。」


私のその言葉に、ギルガンディスは腕組みをすると、まるで私を試すかのような視線を向けてこう答えた。


「お前はメラリィを担保に俺から30ゴールドを借りたのだろう?その元金は準備出来てるのか?」


私はその試されるような瞳から目をそらすと、ごそごそと自分のドレスのポケットを探り始めた。


「30ゴールドを現金では準備出来なかったんだけど…。」


そう言って私はドレスのポケットの中からあるものを取り出し、ギルガンディスに向かって投げた。


反射的に右手でそれを上手くキャッチしたギルガンディスが自分の拳をゆっくりと開いてみると、握られていたのは金色に輝く美しい髪飾りであった。


それは私がカジノでのどさくさに乗じてジャクリーンから奪い取った例の髪飾りであり、そのまばゆいばかりに輝き続ける金色の光は、一目で見て高価な代物であるという事が誰にでも分かるような逸品であった。


「…ほう…これは面白い。」


そう言ってギルガンディスはフッと口元に軽い笑みを浮かべると懐から握り拳大の黒い石を取り出し、今度は私に向かって放り投げた。


「メラリィ!」


私は両手で何とかその黒い石をキャッチすると、の名前を呼んだ。


するとその石からはポゥっと小さな赤い炎が生まれ、その炎は申し訳程度についた小さな瞳でこちらを眺めながら、まるで少年かのような声で答えた。


「タリア!オカエリナノ!」


そう言って、私の手のひらに乗せられた黒い石の上でその炎は嬉しそうに踊っていた。


「げぇ!あんた!唯一自分から仲間になりたいって志願してくれた子を質に入れるとか恐ろしい!通りでカジノの時にやけに攻撃しないなぁ~って思ってたわよ!」


そんな私達のやり取りを見て、ラミカがまるでおぞましい物でも見るかのように叫んだ。


非難されても当然である。


つまり私はカジノで3000ゴールドを稼ぐ際に必要となる軍資金を手に入れる為に、自身の仲間であり、そして一番の武器であるはずのメラリィを担保にしてギルガンディスから30ゴールドを借りていたのだから。


しかも当のメラリィは、自分が質に入れられていたなんて思いもよらなかった様で、ただひたすら小さな瞳をキラキラと輝かせながら、私の帰りを純粋に喜んでいるだけだった。


私は手のひらの上からそっと黒い石を撫でると、メラリィはまた黒い石の中に姿を戻した。そしてそれを確認した私は、メラリィが宿っている黒い石を懐の中へとしまったのだった。


「…よし。これで準備は整ったわ。

ハミルトン城に行きましょう。」


メラリィとの再会により決意を固めた私がそう言うと、ザナ・タークは頷くことすらせず、その場で空間の一部を大きく広げた。


実はここギルガンディス城から、ザナ・タークの住むハミルトン城までは数千kmの距離がある。


だが、ザナ・タークは自身の魔法で空間を歪ませる事で、普段から自由にギルガンディス城と自分の城とを行き来しているようだ。


私がザナ・タークが作り出した空間の歪みに足を踏み入れようとした瞬間、ギルガンディスが私に声を掛けてきた。


「いっぱい学んで、そして沢山甘えて来い。ソイツも俺と同様、お前にとってはなんだからな。」


…私の…父親…。


私はその言葉を強く噛みしめると、

こちらを振り向きもしないザナ・タークの後ろを着いて行くことにした。


「…全く、大した娘だよ。タリアは。

…こりゃあ30ゴールド以上の価値があるぞ…。」


そう言ってギルガンディスが再び大切そうに眺めていた金の髪飾りには、ジャクリーンの物であると思われる、薄桃色の長い髪の毛が付着していた。

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