(25)


「…ビビビ…タリア ダ!

タリア ガ カエッテキタ!!」


ギルガンディスの元へと戻ってすぐ。

襲撃後の後片付けをしていた兵士に連れられてギルガンディスの自室へと通された。


浮かない表情のまま部屋へと入ってきた私の周りを、すっかり元気になったデンタツが嬉しそうに自分の羽根を激しくはばたかせながらまとわりついてくる。


私は浮かない表情のままであったが、なんとか口元だけを緩ませて、優しくデンタツの額をそっと撫でた。


するとデンタツはより一層高い声で、

「ピィ!」と鳴くとこれまた嬉しそうに天井をなぞるようにくるくると回りはじめた。


「…ターク様がね、デンタツを治してくれたのよ。」


私の浮かない表情を察してか、はじめに優しくそう話しかけて来たのはラミカであった。


「…そっか。」


それを聞いた私は彼にそっと目を向けてみたが、彼と私は決して視線が合うようなことはなかった。


…というのも、実際の所の彼は常に漆黒のローブで全身を包んでおり、頭から深く被られているフードのおかげで、こちらからはその口元程度しか見えていない。


ただ唯一の肌の露出である口元さえも、常に静かにつむられているおかげで、その表情が伺える様子など全く見受けられない状態であった。


…気味の悪い男…


彼に対する私の正直な印象は、

この一言に尽きていた。


それ以外での彼の主たる特徴といえば、彼の背はギルガンディスに比べてやや低く、そして体格もギルガンディスに比べてさらに細い。何とかローブから見える口元の肌色から考えても、かなりの色白である事には違いないが、フードから胸元まで真っ直ぐと垂れ下がっている銀髪だけは妙にさらりと美しかった。


冥王 ザナ・ターク―――――――…

ハミルトン地方を統治する第二の魔王。

常に漆黒のローブに全身を包まれている彼のその素顔を知るものは、今ではほとんどいないという。


…最も第一の魔王であるギルガンディスとは親交が深いようで、頻回にお互いの城を行き来したりしている事から、もしかしたらギルガンディスだけは彼本来の姿というものをみたことがあるのかもしれない。


私は決して目の合う事のない彼の姿から、ゆっくりと静かに視線をそらし、そしてそのまま彼の後方に設置してある巨大な装置へと瞳を移した。


装置の中は何やら透明な液体で満たされており、その中に浸かったギルガンディスの瞳はいまだ固く閉ざされている。


彼の意識はまだ戻ってはいないようで、彼は瞳を閉じたまま微動だにすらしなかったが、時折彼の口元から不規則に生じる気泡によって、かろうじて何とかその生存が確認できるという状態だった。


どうやらこの装置で治療を行っているのだろう。私とリズがギルガンディスの前に到着した際の彼は、右脇腹のあたりを押さえ、周りにかなりの出血もみられていたが、装置の中の彼の傷口は肉眼的にはきちんと塞がれている。


「…状態は…どうなの…?」


装置の中でいまだ意識の戻らないギルガンディスの姿を眺めながら私はザナ・タークに尋ねた。


「右脇腹の損傷が激しくてな。すぐに治癒魔法で何とか傷口は塞いだんだが、出血量がとにかく多くてな…今はこの治癒装置で回復を待っている状態なのだが…あとは本人の気力次第ってところだな。」


そうザナ・タークが説明している間も、ギルガンディスは液体の中でゆらゆらとその自慢の暗赤色の髪を揺らし続けているだけで、自分で瞳を開けようとする兆しすら見受けられなかった。


「…で?リズはどうしたの?」


再び飛来したデンタツをあやしながら、

ラミカが私にそう尋ねた。


「…リズは、ジャクリーン達と共に行ってしまったわ。」


「…そっか。」


今度はラミカが少し寂しそうにそう呟いた。


するとその一連のやりとりを見ていたザナ・タークが、声の抑揚にこそ変化はみられなかったものの、少し強い口調でこう言った。


「デンタツの記憶石メモリーストーンが抜き取られてしまっていた事はもういい。これは誰にも想定は出来なかった事だ。だが、お前達。契約中の身でありながら何故タリアの後をついて行かなかったのか。【召還の術】で呼ばれなくとも、自ら主人を守りに行くのがお前達の使命であろう?」


そう言ってイグアスとグリアスに向かってそう詰め寄り始めるザナ・ターク。


その口調は何とか穏やかに保たれてはいたが、その彼から醸し出されている何ともいえない威圧感に、イグアスもグリアスもいつも以上に姿勢を正したまま彼の言葉に聞き入っていた。


よほど恐ろしかったのだろう。

イグアスもグリアスも目を見開いたまま、時折眼球を不規則に動かしては、何度も小さく唾を飲み込んでいる。


「…えっと…その子達はまだ言葉が話せないから…。」


そう言っておそるおそる三人の間に割って入った私の言葉に、ザナ・タークは少し腰をかがめながらイグアスとグリアスの首元を覗き込んだ。


そんな彼の突然の行動に、より一層二人は緊張した面持ちで瞳をキョロキョロさせている。


「そんなことはないだろう。二人共もう喉元のヒレが大きく開いているではないか。もうすでにしゃべれるはずだ。」


ザナ・タークにそう言われたイグアスとグリアスは数回口をパクパクさせると驚いた表情でこう言った。


「あ…あ…!本当だ!」

「しゃべれる!オレ、しゃべれる!」


そう言って二人で手を取り合い、嬉しそうにその場ではしゃぐイグアスとグリアス。


「無事に成人を迎えたという事だな。」


そう言ってザナ・タークは軽くため息をつくと、再びギルガンディスの入っている装置の前へと戻り、静かに腕組をしながら壁にもたれかかった。


「…で?これからどうするの?」


嬉しそうに飛び跳ね続ける二人のトカゲ兵達をよそに、相変わらずデンタツの頭を丁寧に撫でながら、ラミカは私にそう尋ねた。


「とりあえずリズがジャクリーンの元に戻った事で、計画がふり出しに戻ってしまったからね。今はこの状況をどう打破するかを考えるのが先決なんだろうけど…とりあえず今はリズが何故満月の契約を破ってまでジャクリーンに着いていったのかを探ってみようかと…」


私がそういいかけた瞬間…

突然ゴボゴボとした水の抜けるような音と、強制的に空気が抜かれるような機械音が生じ、巨大装置の扉が開いた。


装置の扉が開かれた際に生じた冷気が、私の頬を軽く撫でた。


装置から放たれる、もうもうとした白い霧のようなものが薄れていくにつれ、徐々にその者の輪郭が明らかとなっていく…。


解き放たれた装置の前では、両手を地面についてうなだれる形となったギルガンディスの姿があった。


「いや、タリア。それよりもまずはタークと共にハミルトンにある城に行け。話はそれからだ。」


そう言ってゆっくりと立ち上がったギルガンディスのその姿は…あろうことか半裸どころか、完全なる全裸であった。



ぎぃやぁあぁぁぁぁ――――――――ッッ!!



一糸纏わぬ彼のそのハレンチすぎる姿に、私の悲鳴がギルガンディス城全域へとこだましたのだった。

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