(24)


薄暗い城内の中をジャクリーンとリオンが跳躍しながら進んでいく。その後をリズがひたすら単身で追っていた。


ひゅんっ!!


突如としてジャクリーンは振り返ると、リズに向かって自分の鞭を大きく振るった。


リズが反射的にその鞭先を刀で弾くと、弾かれた鞭先は、リズの少し後方の床や壁を強くえぐり、そして反動で高く舞い上がるとそのまま天井の一部を広範囲に崩落させた。


崩れ落ちてくる壁面を上手く利用して、リズはそれらを巧みに避けていく。


気がつくと、周囲はすでに瓦礫の山で埋め尽くされていた。


城中の兵士達がどれもギルガンディスの救護にあたっている今、もはやこの先に警備兵がいないという事など、すでにこの場にいる三人には分かりきっている事であった。


「…鬼ごっこか…フッ、面白い。」


ジャクリーンが先程リズに向かって放ったその鞭が、決して自分に対する攻撃などではなく、ただ通路を寸断させてリズを他の兵士から孤立させる為だけの動作に過ぎなかったことを悟ったリズは、仮面の下で軽く笑みを浮かべると、そのまま彼女達の挑発に乗る事に決めた。


リズは懐からリボルバーを取り出し、ジャクリーンに向かって数発放つ。


その弾を避けながら、ジャクリーンとリオンは、瓦礫のさらに上へと駆け上がって行った。


リオンが武器を有していない現時点では、今の戦況はリズの方がやや優勢であると思われた。


リズは主にリオンを銃で狙い撃ち、そしてジャクリーンが放つ鞭を刀で払いのけた。

その度に弾かれた鞭先は、その都度天井や壁を崩落させ、そして砂煙が舞う中をリズが瓦礫の破片をつたって移動する。


この明らかにとしか思えないような二人の戦い方に、リズは次第に苛立ちを覚え始めていた。


リズが何回目かの瓦礫を渡りきった時、

ジャクリーンとリオンはすでに逃げる事をすっかりっやめてしまっていた。


「どうした?鬼ごっこはもう終わりか?

…ならば…」


そんな二人の様子を確認したリズが、手にしていたリボルバーをその場に投げ捨てると、そのまま両手で刀を構え直してリオンに向かって一気にダッシュをかけた。


その瞬間、そんなリズの行動を見ていたジャクリーンは自分の持っていた鞭を鋭い細剣へと変え、リオンが受け取りやすいよう、軽くリオンの元へと放り投げた。


すぐさまそれをキャッチし、リズに向かって走り出したリオンは、細剣でリズの刀を弾くと、そのままリズを強く壁の方へと押し付けた。


「…ぐっ!」


リオンに激しく壁へと打ち付けられた事で、突然背部に生じた痛みに思わず呻き声をあげながら体を小さく反らすリズ。そんなリズの首元に細剣を当てながらリオンが耳元で囁いた。


「…そうだ。もう終わりなんだよ、リズ。

お前も俺達と一緒に来い。」


するとリズは、力一杯リオンを押し退けると、軽く数回咳込みながらこう答えた。

その息はすっかりあがってしまっている。


「馬鹿な事を言うな!

私はまだ満月の契約中の身だぞ!

契約終了までにはまだ32時間と47分――…」


「分かっている。

だが、もうそれも終わりなんだ。」


「…だから何故!?」


強く反論し続けるリズに向かって、リオンは少し黙り込んだかと思うと、すぐにゆっくりと口を開いた。


「…壷が…壷が見つかったんだ。」


リオンの言葉に思わず息を呑むリズ。

咄嗟にジャクリーン方を見てみると、彼女は自分の自慢の髪を指でくるくると遊ばせながら、そんな二人の様子を眺めたままくすくすと笑っていた。


そんな彼女の余裕の表情を見たリズは、リオンの言葉の意味を改めて理解したようだった。


「…そうか…壷が…見つかったのか…。」


そう言って静かにうなだれるリズ。


その後方で、瓦礫の小石が小さく崩れ落ちる音がした。


その音に驚いたリズが思わず振り返ってみると、そこには何ともおぼつかない足取りで、一生懸命瓦礫をつたいながら地面に降りようとしている私の姿があった。


「…えっと…何か…ごめんね。」


完全にお取り込み中な最中であるにも関わらず、一同を一斉に自分の方へ向かせてしまった事に恥じらいを覚えた私は、無様な格好で瓦礫にしがみついたまま、バツが悪そうな表情でとりあえずその三人に向けて謝った。


「わぁ!!」


…が、その拍子に足元の瓦礫が崩れ、

地面へと滑り落ちた私は、勢いよくその場で派手に尻もちをついてしまった。


「…いたたたた…もぅ!誰よ!?

こんなに城を壊したのはっ!!」


そんな文句を言いながら、先程打ちつけた尻を自分で押さえつつ立ち上がる私に、リズは仮面を外しながらゆっくりと近づいて来た。


リズが仮面を外した瞬間、彼女は魔燈衣から解き放たれ、いつも通りの美しい少女へと戻っていった。


「ご主人様マスター、実は…

実はだな…」


とても言いにくそうに、そう私に話しかけてくる彼女の金色の髪は、ジャクリーンによって開けられてしまった大穴からそよそよと吹き込んでくる風と共に柔らかく静かになびき、そしてその宝石のように澄んだ青い瞳はすでにわずかに潤んでしまっていた。


そんなリズの様子を見た私は、自分の両手と尻についた土を適当に払いながらこう答えた。


「…もう行かなきゃ、いけないんでしょ?」


そう言って優しく微笑む私の言葉にリズは少し驚いていたようだが、一つ小さなため息を漏らすと、そのままゆっくりと言葉を続けた。


「…契約を勝手に解除することは…本当に悪い事だと思っている。…だから…いつか必ずこの埋め合わせはするから…だから…。」


まるで何かを吐き出すかのように苦しそうにそう言葉を続けるリズの瞳は、より一層潤みはじめている。


そんな私達の様子を見て、リオンの方は少し険しい表情でこちらを眺めていたが、遠くに見えるジャクリーンは、相変わらず満足そうにくすくすと笑っていた。


そんなジャクリーンの姿を見た私は、思わずジャクリーンの事を強く睨みつけたが、当の本人はそんな事など全く気にも留めてないようだった。


「じゃあ今回の埋め合わせとして、次に会う時まで私とを交わしておいて。」


そう言って私はリズに向けて優しい笑顔を向けた。


「…別の契約…?」


リズはその意味が分からず、潤んだ瞳のままキョトンとしている。


「…そう、別の契約。満月の契約を解いた私達には、今からっていう別の契約が交わされるのよ。」


「ご主人様マスター…。」


そんな私の言葉にリズの表情は、少しだけ明るさを取り戻したかのように思えた。


「だからぁ~…ご主人様マスターじゃなくって、タリアだってば。」


そう言って少しだけ意地悪な表情を浮かべた私は、右手を軽く掲げた。


「ありがとう、タリア。」


そう言ってリズも微笑みながら

私に合わせてそっと右手を掲げる。


そして示し合わせるかのように、リズと私が全く同じタイミングで強くハイタッチを交わすと、リズは一切こちらを振り向く事なく、ジャクリーン達と共にこの城を去って行った。


私は右手の手のひらに生まれたジンジンとするハイタッチの後の痛みを強く握りしめると、再びギルガンディスの元へと向かったのであった。

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