(21)
「やいやいやい!我こそはカシュナ国の騎士、名はアグル!闇に操られし者共よ、今こそ尋常に…」
とても天気の良い昼下がり。
宿を出てすぐ、ゾイアスの用意した馬車の荷台に乗り込んだ私達はポカポカ陽気の中、気持ち良くゆらゆらと揺られていた。
そんな中、ブルブルとした馬の鳴き声を号令に、ピタリと動きを止める馬車。
見ると私達の目の前に、
一人の男が立ちはだかっていた。
「我が国を惑わす、悪の権化となりし魔王軍共よ!今こそカシュナの女神、レナ・クレージュの加護を受け、勇者となった我こそが、今よりお前達を討ちとらんとする!」
とりあえず、私達はカシュナ国がどこにあるのかすら知らないし、あえて言うならばレナ・クレージュなんていう女神の名前すら聞いた事もない。
だが、男の「やいやいやい」はいまだに続いており、その耳をつんざくかのように高らかなる声は、もはやお
「…なんなんだ、この先程からの一連の騒ぎは。しかもアイツは一段と
そう言って、睨みを効かせた表情でそっと懐からリボルバーを出し始めるリズ。
「わ~!待って!待って!これもゾイアス達にとっては立派なお仕事なんだから!!」
慌ててリズを止める私。
そう、我らが…と言っても正式な魔王軍とされているのは、ゾイアスとイグアスとグリアスのトカゲ軍団三名だけなのだが、彼らにも列記としたお仕事というものがある。
それは人魔大戦以降、この世界の全ての政治・軍事・経済を魔族が統治する事になったのだが、元々人間界で権力を振るっていた王家や貴族の末裔達がこれを決して良しとはせず、金に物を言わせては近隣の猛者を雇い、適当に勇者と銘打っては魔王軍に戦いを挑みまくっているからである。
だが、1日に何十人もの『自称・勇者様』が城に押し掛けて、今のように「やいやいやい!」とか言いながら長い台詞をダラダラと言われては、城自体の仕事が進まない。
…はっきり言ってただの営業妨害である。
そこで魔王達は、『自称・勇者』達が直接城に押し掛ける事を法律で禁止し、まずはゾイアス達のような街の巡回兵と果たし合いを行うよう規律を定めたのだ。
『とりあえずいきなり魔王に戦いを挑むのではなく、まずはウチの一般兵の一人でも倒してからこんかいっ!』
…というのが魔王軍の方針である以上、
ゾイアス達は果たし合いを申し込まれたら
必ず戦わなくてはならないという規則なのである。
…というわけで、実は本日宿を出てから戦いを挑まれ続けて、彼で3人目。
この繰り返されている一連のどうでもいい戦いのせいで馬車が進まず、リズを含めた全員が苛立ちを覚えていたのだった。
リチャードさんなんて悟りの境地に至ったのか、もはや聖書を三冊も読み終えてボーっと空なんかを見上げてるし。
ピエールさんにいたっては、ヒゲを整えすぎて、もはやヒゲがなくなっている。
「…全く…先に戦いをしかけたのは人間の方だというのに、勝手なモノだな。こんなもの、ただの完全なる人間達の逆恨みではないか。」
そう言って不服そうな表情で腕を組み、
荷台の上で寝転ぶリズ。
「まぁ、人類史上最強と
そう言ってもともと荷台に寝転んでいたラミカは、退屈そうにその『やいやいやい』の様子を眺めている。
…ちなみに余談ではあるが、その勇者バルカンがぶっ飛ばされたのは、魔王ギルガンディスが戦いが始まる前にちょっと一振りしてみた本当に最初の剣の素振り…である。
あぁ…人間とはなんて弱っちぃものなのでしょう…ってか絶対に勝てないでしょ、コレ。
そんな事を思いつつ、
私も二人につられて荷台に寝転ぼうとした瞬間…
カキ――――――ンッッ!!
ゾイアスに弾かれた男の剣が宙を舞い、
そしてそのまま地面に突き刺さった。
たまらず右手を押さえながら、うずくまる自称・勇者さん。
「お見事!」
まさに一撃である。
思わずゾイアスに向けて拍手をする私。
もちろん、『こんな馬鹿げた茶番に真剣に向き合ってあげた』彼へのねぎらいの意味だけを込めて送った拍手であるが。
「くっ…くっそ~ぅ!!」
ゾイアスに剣を弾かれた衝撃で腕が痛むのか、男はいまだ右手を押さえながらこちらを睨みつけていた。
そんな男にそっと近づき、握り込んだ右手を静かに彼に差し出すゾイアス。
「お疲れ様でした。こちらは『魔王討伐チャレンジ』の参加賞、銀のメダルです。」
そう、この『魔王討伐チャレンジ』は金のメダルを10枚集めたら、一度だけ魔王ギルガンディスと対戦できるという特典付なのだが、彼のもらったのは銀のメダル。
金のメダル1枚と交換するまでには、また更に10枚の銀のメダルを集める必要がある。
「…くっ!」
男はゾイアスの手からその小さなメダルをひったくると、こう言った。
「修行を積んで、また来るからな!!」
…いや、もう二度と来るなよ…
ゾイアスを含めたその場の全員がこの時、 正直そう思っていた。
「…やっと終わった…。」
安堵の溜め息を漏らしながら、私が疲れた体を荷台にもたれさせた瞬間、またもやピタリと馬車の動きが止まった。
見ると目の前には5~6人のやや奇抜な衣装に包まれた男女が立ちはだかっている。
その男女の中央にいた
「やいやいやい!我らはミキュールの国より魔王討伐を命じられた勇者御一行である!今こそ尋常に…」
青年がそう言い終える間もなく、私の横でリズがゆらりと動き出したのが見えた。
「…やはり、どいつもこいつも本当に
今まで聞いた事のないような低い声でそう呟いたリズは、今度は私が止める間もなく、仮面をつけて大暴れしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます