(17)


「契約を交わしてくれた主人と握手をするなどという、軽率なマネはできない。」


そういって彼女が私から差し出された握手を、まるで何かの競技みたいに避け続けてからかれこれ数分が経過していた。


「ともかく、そんな重たい荷物を抱えたままでは握手なんてできませんよ。」


そんな彼女の様子を見かねてか、背後から優しく声を掛け、彼女から麻袋を預かるピエールさん。


「かくゆう私達もラミカさんに雇われている身ですが、握手だってちゃんとしますよ。

握手は信頼と友好の証ですからね。」


紳士的な笑みを浮かべながら、あえて彼女の目の前でラミカと握手を交わして見せ、足元に置いてあったもう一つの麻袋を肩へと担ぐリチャードさん。


「頭では分かっている。だが、やはり昔からの村のしきたりに背くわけにはいかない。」


そう呟くと再びうつむいてしまう彼女。


「ん~…じゃあこうしない?」


そう言って私は胸元で軽く右手を構えて見せた。そんな私の様子を双子の彼女はキョトンとした表情で見つめている。


「ほらハイタッチよ、ハイタッチ。

さすがに村の掟に『ハイタッチをするな』なんて決まりはないでしょう?ハイタッチくらいならあたしとゾイアスだってしょっちゅうやってるし、握手ほど堅苦しい形式でもないじゃない?」


あまりにもしつこく譲ろうとしない私達の姿に根負けしたのか彼女は軽く溜め息をつくと、口元に僅かな笑みを浮かべて答えた。


「負けたよ、あんた達には。

私の名前はリズ・マーカイン。

これから2日間なんなりと申し付けてくれ」


こうして私とリズは青く大きな満月の下、正式な契約完了の証として軽くハイタッチを交わしたのだった。


「で?これからどうするの?」


私達がか細い梯子をつたって屋根の上から久々の地面へと降り立った頃、ラミカがそう声を掛けてきた。


「とりあえずギルガンディス城に戻ろうとは思うんだけど、その前に一言連絡しとかないとね…って事で、デンタツ!!」


私がそう呼び掛けると、草むらの中から翼の生えた一つ目の魔物モンスターが飛び出してきた。


デンタツと名付けられたその魔物モンスターは、その名の通り『伝達すること』を仕事としており、もともと今回の作戦が終了した時点で、私が彼を使ってギルガンディス城に連絡を入れる手筈となっていた。


私はデンタツの姿を確認するとその場に座り込み、ドレスのポケットから記憶石メモリーストーンを取り出すと自身の口元へと当てた。そしてそのまま記憶石メモリーストーンに向かって現在に至るまでの経緯について、まるで独り言かのようにブツブツと話始める。


「こちらはタリア。現在の時刻は…」


そう言って辺りをキョロキョロと見渡すあたしの様子を察してか、自分の懐中時計の文字盤をこちらへと向けてくれるラミカ。

時計の針はすでに1時28分を示していた。


「只今の時刻は午前1時28分。

ラミカの働きのおかげで無事3000ゴールドを手にした私達は現在双子の一人、リズ・マーカインとの契約を完了。当初の予定では双子両名と1日ずつの契約を結ぶ予定であったが、たった1日の契約よりも2日間護衛を半減させる方が今後の計画においても有効であると考えた為、急遽リズのみと2日間の契約を交わす作戦へと変更した。なお、もう一人の双子はジャクリーンとの再契約を結びに向かった模様。私達は今から近くの宿場町に立ち寄り、夜明けを待ってからそちらに向かう予定です。」


そう言い終えると、私は自分の膝の上で甘えていたデンタツの後頭部に記憶石メモリーストーンを差し込んだ。


すると喜んだ様子で元気よく夜空へと飛び立っていくデンタツ。

これでギルガンディスへの報告も無事終了となる。


「それじゃあ今からルナルフの宿場町へと行きますか。こんな時間にこんな大人数を泊めてくれる宿屋があればの話なんだけど。」


こうして私はその場で軽くあくびをすると、全員で近くの宿場町へと向かう事とした。



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