(16)


人魔大戦後、人間界で権威を振るっていた者達はすべて、この敗戦を機に人里離れた場所へと幽閉され、以後は軍事・経済・政治における多方面においての統治を魔族が行う事になっていた。


が、そこには当然種族の違いという見えない壁が生じ、魔族の力だけでは人間の行動すべてに目が行き届かなくなってしまった他、小さな犯罪や水面下で起こっている犯罪にまで手が回らないという事態に陥っていた。


そこでもともと魔族と密接な関係にあり、人間界の中でも特別武術に長けた民族が集まるこのアスターナに住む者だけが、無条件で武器を所持する事を許され、魔族と協力する権限を与え続けられていた。


長きにわたって各魔王軍の依頼のもと、御庭番衆のような役目を果たしてきた彼らだったが、もともと戦闘能力が高く、その上人間達からの信頼も厚かったアスターナの村を引き入れる事で4つの魔王軍の軍事力に偏りが生じる事を恐れた魔王達は、アスターナの者達を独占しないよう、

『次の満月の夜には必ず契約を更新すること』という制約を取り決めた。


契約金自体は個人の能力や経歴によってそれぞれ異なっているようだが、この双子については一人あたりの契約金が一日1500ゴールド。


つまり満月である今夜に私が3000ゴールドを欲していたのはこの双子との契約を交わすためであり、またジャクリーンが作為的に満月の夜にカジノのオッズを高騰させていたのも、この双子との契約を即座に更新するための資金集めだったからに違いない。


もうお分かりであろう。

私達の目的はジャクリーンなどではなく、あくまでもこの双子達。


もともと群れる事を極端に嫌い、景観の面からも断固としてカジノ内への魔王軍の立ち入りを許さなかった彼女にとって、少ない人数でも戦闘能力が高く、かつ見た目も美しいこの双子を護衛につける事がカジノを運営する上での何よりものこだわりとなっていた。


しかもアスターナの民とは常に良好な関係を築いておきたいという風潮が今でも根深く残っているこの世界では、他の魔王達は彼らが護衛にいる以上、ジャクリーン自体に手を出すことなど出来ない。


『双璧の番人』はいつしか彼女にとってなくてはならない『鉄壁』となっていたのである。


『高い場所の実を落とすにはまず幹を叩け』


かくゆう理由から私達は残りの魔王のうちの一人、火竜王ギルガンディスより命を受け、この鉄壁となっていたジャクリーンの護衛を一時的にでも陥落させ、隙を作ることを目的としていたのだ。


あとは残りの1500ゴールドをどう活用するかにかかっているのだが…


ふともう一人の双子の男性と目が合う。

ちなみにその満月の制約の中には

『アスターナの民との満月の契約中に他の者が横水を差すことを禁止する』ときちんと定められているので、現時点でジャクリーンが手を出してくる心配はない。


そもそも私の動向が読めない現在の状況で、ジャクリーンがわざわざカジノにまで契約金を取りにいくはずもないのだが。


「決めた。」


敵も仲間もそこにいるすべての者が静かに見守っている中、私はおもむろに残りの麻袋を拾い上げ、ある決断を下した。


「私、このお金であなたと2日間の契約を交わすわ。」


そう言って双子の女性の方にもう一つの麻袋を押し付ける私。


双子の女性はそんな私の行動に、さすがに最初は驚いていたようったが、もう一人の双子と軽く目を合わせると、そのまま黙って二つ目の麻袋を受け取った。


双子の男性の方は特に何かを語る様子もなく、すでにその場から目を背けている。


その一連の行動を見終えたジャクリーンが手にしていた鞭を一つ打ち鳴らすと、双子の片割れはジャクリーンと共にこの場を去って行った。


きっと彼は今からまたカジノへと戻り、再びジャクリーンとの契約を交わすのであろう。


「…というワケで」


ジャクリーンが去った事により取り戻しはじめた安堵の中、私は軽く背伸びをすると残された双子の女性に右手を差し出し微笑んだ。


「私の名前はタリア・オルシエラ。

改めて今日からよろしくね。」


握手を求めるその私の手を前に、

彼女は抱えていた麻袋を両手でぎゅっと抱きしめると、わずかに頬を赤く染めて頷いた。

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