(15)


「タリア!ここは俺に任せてお前は先に進め!!」


剣で彼女の攻撃をかわしつつ、やけに足元ばかりを狙ってくるジャクリーンの鞭先を後方へと避けながらゾイアスは私は向かってそう叫んだ。


私はゾイアスのその声に黙って頷くと再びラミカと双子達の後を追いはじめた。

ジャクリーンの登場によって、戦場の緊迫感は異常なまでに高まっている。

私は時折ゾイアスの状況を横目で確認しながら、さらに走る速度をあげていった。


…が、ふと気づく。

頼みの綱であるはずのゾイアスは現在ジャクリーンの応戦中。イグアスとグリアスも実際のところは双子の気をわずかにラミカから逸らせる程度となっているのが現状のようだ。


実質自由に動けるのは誰にもマークをされていない私だけなのだが、丸腰の私は手こそはすいているものの、そもそも手に持っている武器が何もない。


私は静かに目を閉じて、今回の戦闘を最初っからふり返ってみる事にした。



壁を壊すことのできるハンカチ…


ドレスから出てくる大きな翼…


武器を無限に出し入れできる戦闘服…



それらはすべて『魔燈衣』であり、そしてその全てがラミカが自分の店で実際に取り扱っている商品だった。


…という事は…


その瞬間、私の頭の中にはある一つの名案が浮かんだ。


そう、カジノでラミカに手渡されたこの赤いドレスこそが実は『魔燈衣』であり、史上最強の武器になるのではないか、と。


私は意を決して自分が着ているドレスの一部をブチブチと引きちぎると、そのまま右手で高らかと夜空に掲げてみた。


するとちぎれてもなお、鮮やかな色を保ったままのそのドレスの切れ端は、ふわふわと優しく風に舞い、そして特に何かに姿をかえるという事もなく、ただひたすらちぎれた布のまま静かに夜空の彼方へと消えて行った。


「あ~!!タリア!私のドレス破ったわね!それお気に入りのセレクトショップで買ったヤツだから破らないでっっ!!」


頭上からラミカの怒鳴り声が聞こえてくる。

どうやらこのドレスは魔燈衣なんかではなく、本当にただの普通のドレスだったようだ。


「ちょっとラミカ!!なんで私にも魔燈衣準備してくれなかったのよ!私何も武器持ってない…」


私がそう言いかけた瞬間、双子の一人が力強くイグアスの剣をなぎ払うと、くるりと向きを変えてものすごい勢いで私に迫ってきた。どうやら双子の一人はあたしが何気なく言った「武器を持っていない」という情報を聞き逃さなかったようだ。


そこからの世界はまるでスローモーションのようだった。


何かを叫んでいるラミカの声も、いまだ双子の片割れと戦い続けているグリアスの剣の音も、ジャクリーンがなぎ倒していく建物の音も…今まで当たり前のように聞こえていたはずの音達が、私の耳からは完全に消え失せていた。


ただ私の瞳に映っていたのは細剣を構えて迫りくる双子の姿だけ。


双子がついに私の頭上で剣をかかげ、振り下ろそうとしたその瞬間…



ゴグワァアアアァアアーーーーンッッ!!



私の後方から突然、ものすごい爆風と共に鼓膜をつきやぶってしまいそうな程の爆音が通り過ぎた。

その衝撃を正面からまともにくらい、思わず手にした剣を落としながらのけぞる双子。


反射的に両耳を押さえながら、いまだはっきりとしない頭のまま振り返った私の後ろには、巨大なシンバルを構えた執事さんが立っていた。


「我が名はピエール!今回演奏をする曲では私の担当するシンバルの出番が少なかったのでお供させていただきました!!」


そう高らかに自己紹介をしたピエールはうっすらとニヒルな笑いを浮かべている。


いまだキンキンしている耳をかばいつつ辺りを見渡すと、もう一人の執事さんも指揮棒をまるでフェンシングのように扱いながら、双子の片割れと激しく剣を交えている。


「我が名はリチャード!!指揮者代理のはずなのに、なかなか指揮者が休まないのでついて参りました!!」


燕尾服のせいだろうか。

そう言って振り返った彼の笑顔もとびきりに紳士的だった。


そういえば、この執事さん達も元はカジノで雇われた交響楽団の方々。

あの大暴れしている双子達ですらもいまだに自己紹介をしてくれないというのに、攻撃の前後できちんと名前を名乗るその精神。

例え戦闘であろうが、礼儀正しく、そしてどんな時でも紳士らしい彼らの所作は本当に素晴らしかった。


ちなみにピエールさんのシンバル攻撃は予想以上に強力だったようで、私に剣を向けてきた双子の一人はいまだに後ろにのけぞった体勢のままで固まってるし、ジャクリーンも彼の二度目の攻撃を嫌ってかすでに遠くの位置へと移動してるし、空中で長時間優雅に飛びまくってたラミカすらも、今では力なく宙に浮いているだけの状態となっていた。


味方すらも予期しなかった伏兵の登場に、いつしか騒然となってしまった戦場の中を



…ゴーン…


…ゴーン…


…ゴーン…



午前0時を知らせる時計台の鐘の音が響き渡った。


その音を耳にした瞬間、私はピエールさんの足元に置かれていた麻袋をまるで背負い投げかのようにして持ち上げ、そして目の前の双子の胸元に無理矢理それを押しつけた。


突然の出来事に思わずそれを両手で受けとってしまう彼女。

月の光に照らされて、麻袋の小口からちらりと見えた大量の金貨に彼女は全てを悟ったようだった。


彼女は重たい麻袋を下におろすと、そのまま静かに仮面を外した。


仮面を外す事で魔燈衣から解き放たれ、普段の姿へと戻った彼女は、そのまま私の前でひざまづいた。




「初めまして、ご主人様マスター

ご命令をどうぞ。」


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