(10)

だいぶ夜も更けてきたというのに、相変わらず会場の中では人々がひしめき合い、そして会場内の誰もがカジノやお酒を楽しんでいた。


まるで悪しき気持ちを抱いてこの場にいるのが自分達だけなのではないかと錯覚してしまうくらいに活気づいているこの空間。


先程この場所を訪れた時にはカジノで利益を得ることばかりにとらわれてまるで周りが見えていなかったが、改めてこの場に立ってみるとその豪華さや優雅な時間の流れ方に今さらながらも圧倒されてしまう。


ふと目をやると、会場の隅で弦楽器を奏でている燕尾服姿の男達に目がとまった。

仮面や仮装で顔を隠してはいるものの、会場内の誰しもがワイングラスを片手に談笑し、きっとその者達の耳には届いていないであろう音楽を、彼らは静かに奏で続けている。


誰に聞かせるわけでもない音楽。


そんなところにまで本物を使用する無駄な労力すらもまた、この会場を豪華に見せる雰囲気づくりの一環となっているようだった。


よく見ると、その燕尾服の楽団の中に、二つほど空席があるのを発見した。


それを見つけた瞬間、私はすぐにある事に気がつき、そしてそのままラミカを睨みつけた。


「あっ!飲み物持ってくるね~」


そんな私の様子に気づきバツが悪くなったのか、ごまかしながらその場を去っていくラミカ。そんな彼女の様子が、何よりもの答えとなった。


そう。コイツはこの楽団の中にいた二人をスカウトして、自分の執事に仕立てあげやがったのにございます。


人混みの中へと消えていったラミカを呆れた表情で見送ると、私はそのままゆっくりと壇上の近くへと移動した。

壇上では相変わらず羽根扇子をあおぎ、優雅に過ごしているジャクリーンの姿があった。


こちらはターゲットである彼女を凝視しているが、さすがは巨大な建物内。

私自身の姿は多くの人々の中にすっかり紛れ込んでしまい、決して彼女と目が合うことなどなかった。


もちろん500枚ものハンカチが即座に完売してしまうほどの人数がいるこの会場内で、何の特徴もないただの一個人でしかないあたしを、彼女が目に留める事なんて到底無理な話である。


でも私にはラミカが提案した一瞬で彼女を振り向かせる事ができる秘策があった。


私は静かに一歩足を踏み出すと、おもむろにアンバー色のコートを脱ぎ捨てた。

あらわになる鮮やかな赤色のドレス。

その瞬間会場中がざわめき、壇上の三名が一斉にこちらを向いた。

奏で続けられていた例の音楽も、この一連の騒ぎのおかげで今ではすっかり途絶えてしまっている。


殺意にも似た眼差しをこちらに向け、ゆっくりと立ち上がるジャクリーン。


そんな彼女もまた、私と全く同じ色のドレスを身にまとっていた。


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