第6話

「うッ……はッ……」

 少女は驚いて口に入れた錠剤を吐き出した。

「終着駅で自殺なんて無意味なことはやめてくれ」

 一瞬、少女はふりだしに戻されたのかと思った。

 すぐに少女が目を走らせたのは青年の亡骸だ。プラットホームの柱に凭れて、それは確かにまだある。

「どういうことよ。まだ、苦しめる……気」

 キレイではない。キレイにはいかない。何が?わからないが、そういう思考が何処かで回転している。

 柱の陰に横たわる魂の抜けたマリオネットが、少女にはもう美しくなかった。

「私のすることでしょ? 姿の見えない人の指図を私が聞くと思う?」

「指図ではない。親切な忠告だよ」

 青年の声だ。明らかに、さっきまで聞いていた声。死体はあるというのに、どこかで魂だけが口をぱくぱくと動かしている。

「何をしても無駄なんだろう? 全て君が言ったとおりじゃないか。それなのに満足しないのかい? 君……」

 少女は耳を塞いだ。わかっている。わかりきっている。それを何度他人に言われたら気が済むのだろう。

 ──自己嫌悪。

「うるさいッ!! 死んだ者に言葉はないのよッ!!」

「そうだな。君が殺した──」

「馬鹿言わないで! 私は止めたわ! あなた勝手に死んだのよッ!」

「……そう、勝手に死んだ。もういない。君は一人だ」

 声。この声は空気を伝わってくるものじゃなく、少女の心に直接刺さる、細い、とても細い銀色の針だ。

「ひと……り……」

 茫然となる。夜の空が果てし無く遠い。果てし無くここは夜なのだ。果てし無く一人ぼっちなのだ。果てし無く孤独に支配された空間なのだ。

 もう一度少女は青年の亡骸に目を遣る。

「一人じゃ……」

 駆け寄る。もう美しいなんて思わないそれに。

「変わらないのに……どうしてよ」

 少女は何の感情も示さない目で亡骸を見下ろしている。

「長い時間の抱擁というものを君は知る。俺と一緒にいれば──」

「あなた、死んでるわよ。もう喋らないで」

「君が聴きたがっている──」

「笑わせないでよ」

 少女の口だけが皮肉に歪む。

「触れてみないのかい?」

「誰に? 死体に?」

 少女が声高に問う。

「キレイな人形だと思っていたろう? 人形は抱くものだ。頬ずりするものだ。語り掛けるものだ──」

 少女は何も言わない。ただ、黙ってじっと立っている。

 ぼんやりと目を開いている。

 そして──カッと目を見開く。さっきの言葉を、体全身が理解したように。

「人形はね! 動いたり喋ったり……さんざん私のことを苦しめたりしないのよッ!!」

 夜の空。古い、煤けた梁のある駅舎の屋根。無人の改札口。闇に呑まれて先の見えない線路。ホームの下から吹き上げる、静寂と孤独の、螺旋の風。

 ──心に届く針も、感じなくなる。

 声は消えた。

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