第5話
少女は走るのを止め、立ち止まり、荒々しい息をついた。
「私よ……消えるのは、私よッ……」
「もう遅い……」
少女は青年の声をおぼろに聴いた。
「終着駅のある街は……一人じゃ、歩けないわ」
少女の眼差しが一転する。洞窟のような瞳に輝きが生まれる。中腰の姿勢で、しばしゼェゼェと荒い呼吸を繰り返す。それに合わせて水平に倒した背中が上下に揺れた。
少女は背筋をピンと伸ばした。
何を考えたのか、プラットホームから線路上の、枕木の上に下り立った。
不思議なことに、少し前進しただけで、青年の立つ位置まで行けた。
少女はホームによじのぼり、ぐったりとして柱に半身を委ねている青年をゆっくり下方へいざらせて、静かに地べたに座らせた。
「死ぬ訳ないわよね? だってあなたはこの終着駅の番人なんだもの。あなたがいなくなったら、ここももう終わりじゃない。無秩序なただの虚構空間になってしまうわ」
少女は何とかメスを抜こうとするが、泥状のコンクリートに差し込まれて長い時を経たてしまったかのように、それはピクリとも動かない。それ以上押すことも、引くことも、できない。
途方に暮れた表情で少女は溜息を吐き、だらりと首の項垂れた青年の顔を覗き込んだ。
ぞっとするほどその肌は白く、どちらかと言えば蒼に近かった。
しかし……その顔はなんと美しいのだろうか。少女は、もはや魂の失われた青年の抜け殻に恍惚となった。
眉尻に向かって微妙なラインを描く柳眉は、もう二度と感情を表すことはないのだろう。長い睫毛も、二度としばたかれることはない。血の気の失せた薄い唇から言葉を紡ぎ出すことも、もう二度と、ないのだ。
ここは終着駅。魂は小さな光となり、常に夜の空に吹き上げられるという。
──青年の顔は穏やかであった。
少し間を隔てて、少女は両膝を抱いて座り込んでいた。
青年の魂の抜け殻は柱に凭れ、首を垂れ、足を伸ばし、両腕を脇に投げ出し、指は軽く曲げたままで、硬直が始まっていた。
でも、その抜け殻のあるプラットホームの風景は、少女にしてみれば崇高であった。
その瞳の輝きが語っている。
「哀しいなんて、言わないでね」
何となく呟いていた。
少女は、誰に言ったのだろうか。誰に言いたかったのか。これは、独白であろう。
やはり、「消える」は「死」だったのか。
「あなた幸せよ。私が側についていてあげたでしょ? 一人じゃなかったものね。……とても尊いわ、あなた。人の手で汚せない所に行ったんでしょう? わかるのよ、私。ここで終わりって思ってたけど……。終着駅まで来たのに、こんなのじゃまるで……変わらないわ。だけど、あなたに逢えてよかった。追い掛けることはできるものね」
少女は抜け殻に背を向けて、ホームの端に無造作に投げ出されたトラベルバックを拾い上げ、中から小さな瓶を取り出した。
数粒の白い錠剤を掌にこぼした。
ここは終着駅。その風景を忘れぬよう──などということは、無駄なことだと思った。
少女は錠剤を一気に口に放り込んだ。
その時、まるで気の抜けた拍手が響き渡った。
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