第2話

 少女は無人の改札口を颯爽と抜けた。

 これでいい。何もかも「無」になる。永遠の開放が得られる。そんなことを感じつつ、初めてのまばたきをしたのだろう。

「チケットがなくては通れないぞ」

「……!?」

 通ったはずの改札口がなぜか目の前にあった。そして、そこから手が出ている。

 そこには駅員ではない人物がいた。

 体のラインを緩やかに包み込んだ、黒一色を纏った青年が、改札口の小さな木製の囲いの中で両足を投げ出してふんぞりかえっていた。

「見えたかい?」

 フッと青年の口許が笑った。

 少女にはつまり……見えている。

 彼の瞳も髪も黒くて、少女は面白くないと思った。自分も含めて、よく見知る人間と同じだ。

 今の少女には、どれだけ青年が容姿端麗な美青年であっても、それを美的センスで捉えることはできなかった。きっと、美しいものを見て感動する心なども、ずっと前の駅で捨ててしまったのだろう。

「見えたわ。けど、何も変わらないわ」

 一度合わせた目をごく自然に反らして、少女はもう一度改札口を抜けた。

 一陣の風を背中に感じたかと思うと、すぐ鼻先に青年の顔が迫っていた。

「なッ……!?」

「チケットがないと、通さないと言った」

 両脇を風が擦り抜ける。

 少女は目を見張った。

 また、改札口の手前に立っている。

「わかっただろ?」

 青年は少女の両肩を掴んだ。

 少女は青年を睨み付けた。

「あなたのせいでしょッ!」

 少女は両肩を掴んだ青年の手を振り払う。荷物の詰まっていない軽いトラベルバッグはホームの端まで飛んでいった。

「違う」

「嘘言わないでよ! あなた、私の邪魔ばかりする人よッ!!」

 少女は甲高い、悲鳴みたいな自分の声に、腹立たしさともどかしさを感じた。

「無意味なのだろう? ならば、泣くな」

 氷が砕けたのかもしれなかった。少女はどこかでそう感じた。

 でも……

「泣いてなんかいないわよ! 私が……私がこんな所で泣きだしてしまうような人間だったら……終着駅まで、もつわけない」

 でも、言った尻から少女の頬には涙が伝っている。少女は激しくかぶりを振った。

「もう消えてよ! 嫌いよ……こんなんじゃないのよ……違うわ。もっと優しいはずだもの。……たとえ、ずっと夜が続く場所でも、私を許してくれる所なのよ! 温かいの! あなたなんか幻よッ! 消えてしまうんでしょ? それなら早く消えて! 見苦しいわよッ!!」

 少女は膝を折り、前のめりに倒れ込んだ。口惜しそうに地面を叩く。涙の粒が落ちていくのを、自分でも見つめている。


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