瞑想渺茫 〜終着駅〜

十笈ひび

第1話

「もう……終わりね。何もかもよ……何もかも。これでよかったのだわ。きっと、そうだもの……簡単なことよ」

 少女は終着駅に降り立った。

 静かに、ひっそりとして寂れ果てたプラットホームを見渡すが、誰もそこにはいない。切符を切る駅員も、車掌も、少女以外の乗客も、誰一人いない。

 少女が一人だけ、その駅に立っている。

 灰色の涼気が少女の頬を撫でてゆく。

 空はいつでも夜だという。

 改札口をくぐれば、そこには一体何があるのだろう。

 少女はジャケットのポケットをまさぐり、しわくちゃになった終着駅までのチケットを取り出した。

「こんなの、もういらないわ」

 ビリビリと、おもむろに縦に横に破り、鉛のように重い風に乗せて飛ばした。無造作に肩まで伸びた少女の髪も風になぶられる。

 少女は耳の後ろに髪の毛をかき上げて、さして荷物の入っていないトラベルバックを持ち上げた。

「哀しいなんて……言わないでよね」

 少女は、誰に言ったのだろうか。誰に言いたかったのか。これは、独白であろう。

 少女は無人の改札口を抜けようとした。

「ガキが来る所か……とんだ笑いぐさだな」

 幻聴かと思った。氷の印象を受ける声。

「誰かいるの?」

 背後に誰何すいかの言葉を投げ、少女は意外そうな表情を浮かべて振り返った。

 だが、誰もいない。

「自分自身に決着つけたか? まるで全てを見透かしたみたいな幻覚に囚われてないか? 今まで……そこはさぞ居心地も良かっただろう? 君に向く針は決して心に届くことはなかった。目前にして、全部折れてしまったのではないかい? ここに来るまで、誰にも気づかれなかったかい? ……君」

 少女はいぶかしげに眉をひそめて、反対側のプラットホームを見つめた。

 傾いて、はずれかかった駅の標識。何と書いてあるのか。もうその字はすっかり色褪せてさだかではなかった。

「誰よ!」

 少女の声に脅えの色はない。そんなものはずっと前の駅に置いてきてしまったのだ。

「そうか……もう何もないか……」

 氷であったはずだ。……そう、それは冷たい氷の響きのはずだ。

 少女は持ち上げた荷物を再び足元に置いて、両腰に手を添えた。

「私一人だけかと思ったけど……そう、まだいたのね、この駅で降りた人。……出て来られないの? ここまで来て、まだ怖いものがあるのかしら? 誰だか知らないけど、次の汽車で引き返してはどう?」

 きっぱりと少女は言い切る。まるで少女の口調ではなかった。その言葉はほぼ命令に近い。

 少女の言わんとすることをすっかり了解しているみたいに、小さなさざめき笑いが聴こえてくる。

「引き返すのかい? ハハハッ、君はおかしなことを言うな。そいつは君のことだろう? まだ俺が見えないでいる。……君は、一体何をしに来たのだ? ここがどこか、わかっているのかい?」

 少し上から、パシパシとはたかれているような言い方が、少女に唇を噛み締めさせた。他人が言う、しかつめらしい言葉は聞き飽きていた。

「わかっているわよ! あなたこそわかっているの? ここはもう、そんなことを言い合うような次元じゃないはずよ! 全てが何の意味も持たないはずだわ! どんな行為も無意味になるの……簡単でしょう? 馬鹿ばかしいだけなのよ!」

 無人のプラットホームに向かって吠え立てた言葉は、虚像のような薄暗い空間に虚しく吸い込まれてゆく。

 少女は思わず握り締めた拳を解いて、ゆっくりと目を閉じていった。

「あなたが見えないことが何だっていうの? 何にもならないでしょう? ……たとえあなたが見えたとしても、何にもならない……違う?」

 少女はゆっくりと目を開いた。

「くだらないわ! やめましょうよ……」

 どこかで、馬鹿だと思っている。どこかで、見えるはずだと思ってる。見えるはずだと思っている自分を、またどこかで馬鹿だと思っている。少女はそうやっていつもメビウスの環を描き続ける。

 最終的に、それら全てを呑みこむようなものを求めている。

 ──そして、見つけた。

「誰かさん……サヨナラ」

 少女は傍らに置いたトラベルバックを持つと踵を返し、改札口へと歩きだした。

 そんな少女の口許には笑みがあった。

 軽薄な笑みだった。


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