第6話

 裕太とイルマは、互いの盃に酒をいだ。

 白い陶器のぐい飲みには、透き通るが満たされ、それぞれの顔を映す。

「僕、二人の結婚式に出なかったこと。ずっと悔やんでいたんです。申し訳ないことをしたと思ってます」

「事情はゲンタから聞いてる。勤めを優先したのだろ。そんなこと気にするな」

「――――本当は違うんです」

 裕太は酒を飲み干した。

「僕は兄貴のこと、ずっと羨ましいって思ってました。何でも出来て、手に入れられる兄貴が羨ましくて。だから、二人が結婚するって聞いた時に、少しだけ………悔しいなって感じたんです」

 裕太は顔を上げられず、膝の上で拳を握った。

「だから、式に行かなかったんです。バカだったと思います」

 頭を下げる裕太を、イルマはただ眺めていた。

「………そうだったのか」

 寂しそうにそれだけ応え、イルマも酒を飲み干す。

 裕太はその声に胸が締め付けられ、情けない思いで一杯になった。

 すると、目の前に酒瓶を突き付けられる。

「いいから飲め、ユータ」

 イルマは裕太に酒を注いでやる。

「もう過ぎたことだ。それよりも、今はどう思っているんだ。まだ悔しいと根に持つか?」

 裕太はイルマに酒を注ぐ。

「今は違います。心から、二人の幸せを願っています」

「そうか。なら、いい」

 二人は酒を飲み干した。


「この間のことは済まなかった。お前に言ったこと、あれは私自身に向けるべき言葉だった」

「どういうことですか?」

 尖った耳にかかる金色の髪をかき上げ、イルマは遠くを見やる。

「ゲンタに出会った頃の私は、酷く迷っていた。戦士として里の民を守らねばならぬのに、家の事情に――父上の命にそむけず、矛盾を抱えて道を見失っていたんだ」

 ふっ、と笑った。

「そんな時、ゲンタが現れた。あいつはいつだって、常識も体裁も気にせず、やりたい事を貫く。私は妬ましく思った。自分が酷く、弱く思えて仕方なかったよ。それを認めたくなくて、ゲンタに辛く当たっていた時期もあった。だから、お前の気持ちが少しは理解できるつもりだ」

「イルマさんも、兄貴に憧れたんですね」

「そういうことだ」

 酒をみ交わす。

「ユータ。お前はあのとき、私がエルフだから、長命であるエルフだから、おまえの悩みが理解できないと言ったな」

「……はい」

「私にとっては逆なんだ。私はどうしてもゲンタより長く生きてしまうから、焦ってしまう。私が生きているこの時間は、今はゲンタと共にある」

 イルマは溜息をついた。

「あいつの命は、私からすれば短い。その短い時間のなかで、私はゲンタの良き妻として変わりたい。あいつが居なければ、何の意味もないのだ……」

「兄貴のことを、大切に思っているんですね」

「……ああ」

 裕太は盃を置くと、畳に手をついて頭を下げた。

「おい!ユータ――」

「何も知らずに、決めつけたりして、ごめんなさい。――――それから」

 真っ直ぐに顔を上げる。

「僕もイルマさんに負けないくらい、頑張ります。だから、これからも家族として、よろしくお願いします。義姉ねえさん」

「た、たわけ――。こそばゆい呼び方をするな」

 イルマも、裕太と同じように、手をついて頭を下げる。

「私からも、これから家族として、お願いする。ユータ」

「―――はい!」

「ふふっ」イルマは思わず微笑んだ。

「覇気のこもった、男らしい返事だ」

 そして二人は、また酒を酌み交わした。



「おーい、フィオナ~」

 源太は、座布団を枕に眠ってしまったフィオナに声をかける。

「うう、ん。だいじょーぶ、だいじょうよユウくん……。むにゃむにゃ」

「……ひとって、本当にむにゃむにゃって言うんだなぁ。完全に寝てら」

 毛布を持ってきた杜氏とうじのキムリが、それをフィオナにかけてやる。

「フィオナさん、すごく気持ち良さそうに寝てるから」

「そうだな。キムリもお疲れさま。今年のともづき、いい酒になったな」

 キムリは恥ずかしそうに笑うと、大きく頷いた。

「さて、うちの嫁さんと弟はどうなったかな」



「ゲンタは!あいつは、私の気も知らないで!ちょっと叱られると、すぐバイクで飛び出すわ。夕飯前でも平気でスナック菓子を食べるわ。臭い足をテーブルに上げるわ!何度注意しても直らないのだ!―――うっうっ、うええーん!」感極まったイルマが泣き出してしまう。

「それは酷い!イルマさん、こんなにいいお嫁さんなのに!どうして兄貴はイルマさんの愛が分からないんだ!」裕太は拳を握りながら、熱い涙を流している。

「いいや、違うのだユータ!私がいけないのだ!そんな些細なことも受け入れられない、器量の小さい私が………ひっぐ、ひっぐ」

「イルマさんは何も悪くないです!僕が兄貴にガツンと言って聞かせますから!」

「ユータ……おまえはなんていい奴なのだ。そんなおまえに辛く当たった私は、たわけ者だーーー!!」

「気にしないでください!イルマさん!ねえさぁーーーん!!」

 いい大人が大泣きしている様は、周囲から見ても痛々しい光景だった。

 誰も収拾がつけられない、地獄のような有り様だ。

「イルマはともかく、裕太まで泣き上戸だったか……」

 二人から見えない場所で、源太は苦笑いするしかなかった。

「おい、種一源太。いい加減に二人を止めたまえ」

 傍に立っていたセラフィムが、ジト目で源太を責める。

「どうやら、騒ぎの原因は君のようじゃないか。君が行けば鎮まるだろう」

「ええ~?火に油注ぐだけでしょう」

 頭をかく源太の背中を、セラフィムが叩く。

「二人とも君の家族だろう?早く行ってあげなさい」

「――仕方ねえなあ、もう!」

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