第4話

 裕太が注文した揚げナスとベーコンのパスタ。

 その皿だけ異様に揚げナスが多いとセラフィムから文句があがった。

 それを笑顔で「気のせいです」とかわしたフィオナもかなり図太いと裕太は感心した。

 昼食が終わった三人は、今は食後のお茶を楽しんでいるところだった。

「そういえばスクーターの調子が悪いのだ。種一源太たねいちげんたは在宅だったかな?」

「え、ええ。午前中、配達したときに居たので大丈夫だと思いますよ」

「帰りに伺うことにしよう。彼には本当に世話になっていてね――。気難しいあの子と所帯を持って、フォレストンに根を張ってくれたことにも感謝しているんだ」

「あの子って、イルマのことか?」

 お茶が冷めるのを待っていたハッシュが尋ねる。

「ああ。二人ともよく頑張ってくれている。外からの住民が増えづらいフォレストンで、彼らのように仕事を継いでくれる者は貴重だ。鍛冶屋のスミスも、種一源太に後を任せることが出来て安心だったろう」

「―――ちょっと僕、お茶のおかわりを貰いに行ってきますね」

 裕太は席を立って厨房の方へ向かう。

『二人の名前が出ただけで………本当に情けないな』

 フィオナは会計をしている最中であった。

「ごちそうさま、フィオナちゃん」

「いつもありがとうございます。村岡のおじさま」

「今度はかあさんも連れてくるよ」

 小さく手を振ってフィオナは見送る。

「ふぅ――。あ、ユウくん。お茶のおかわり?」

「うん。忙しいようなら自分で淹れるから平気だよ」

「大丈夫。お客さんも今はユウくん達だけだし。私も休憩しようとしてたの。一緒にお茶しましょ」頭のナプキンを外して、耳と髪を手で直す。

 フィオナは厨房からティーポットを持って来ると、裕太と共にカウンター席に座る。

 二人分のカップに、丁寧にお茶を注ぐ。

「ユウくんから落ち込んでいる匂いがします」

 小さなピンクの鼻を裕太に向け、フィオナはくんくんと匂いをかいでみせる。

 カップに口を付けた裕太は軽くむせてしまった。

「ふふ。匂いっていうのは冗談。でもなんとなーく、そんな感じだね」

「あはは、そうかな。……まあ、少し疲れたっていうか」

 お茶に口を付ける。フィオナが淹れた紅茶はほんのりと温かかった。

「配達、源太さんのお店にも寄ったんでしょう?」

「うん……。イルマさんに怒られちゃったよ。お前は軟弱者だって」

「イルマさんらしいなぁ」

「兄貴みたいに、もっと堂々としろって言われて。ちょっとへこんだ」

「――ユウくんは、ユウくんだよ。源太さんとは違うじゃない」

「もちろんそうだけど。イルマさんに言われて、きっとこのままじゃいけないんだなって思って。もっと頑張らなきゃダメなんだって」

「頑張るのはもちろんいいことよ?でも――今、ユウくんは何を頑張るのかな」

「何って………。もっと自信を持つようにするとか。そのために定職に就くとか」

「それって、今すぐに出来ること?」

「それは…………」

 裕太は言い淀んでしまう。

『やらなきゃいけないって思うのに。出来るって、口に出せないんだ――』

 カップを握る裕太の手を、そっとフィオナが包んだ。

「暗闇で世界樹を見失うとき、まずは寝ることだ」

 芝居がかった口調で彼女は言ってみせる。

「え?」

「日が昇っても見えぬなら、次には腹を満たせ」

 フィオナは人差し指を立てて続ける。

「それでもダメなら―――覚えてる?」

「……『それでもダメなら、友と一緒に酒を飲め』だよ」

 満足そうに頷いて、フィオナは笑ってみせた。

「フォレストンの旅人に伝わる言葉。ユウくんが教えてくれたことよ?」

「うん、ずっと忘れてた」

「そのくらい疲れてるってこと。ひとには出来るときと、そうじゃないときがあるの。焦っちゃダメ」

 裕太の左手に重ねられた小さな手が、ぽんぽんと優しくたたく。

「しっかりと休んで。力をいっぱい蓄えて。『よーし出来るぞっ!』って言えるようになってから、頑張ればいいの」

「――ああ」

「それにユウくんは十分にやってるよ。ユウくんの配達のおかげで、前よりも早く荷物が届くようになったって。みんな、ユウくんには感謝してるんだから」

「そっか……。フィオナ、ありがとう」

 彼女は尻尾をパタパタと振り、ふたりは笑いあった。


「本当はもっと、イルマさんとも仲良くしたいんだ」

 裕太はフィオナが出してくれたクッキーをつまむ。

「東京にいる間は一度も田舎果村こっちに戻れなかったから、兄貴の結婚式にも出席できなくて。イルマさんに挨拶できたのは三か月前だったんだ。親戚なんだし、もっと楽しく話せたらいいんだけど」

「そうよね。何かきっかけがあれば……。さっきの言葉じゃないけど、一緒にお酒を飲んでみるとか」

「発想がすごくサラリーマン的だなぁ」

「サラリーマンは分からないけど、悪いことじゃないと思うの。だって、ユウくんはイルマさんたちの結婚式にも出られなかったんでしょう?初めて顔を会わせる親戚同士が飲むお酒って大事なものなんだから」

「どういうこと?」

「えっと。こちらの世界では、お酒を飲むことは魂の解放とされているの。魂には種族の区別なんて無いのね。だから、異なる種族でお酒をみ交わすっていう場合には『肉体という殻を脱ぎ捨てた近しい関係になりましょう』って意味がこめられるの」

「そう、だったんだ。てっきりみんな、酔っ払いたいだけなのかと思ってた」

「私もおじさん達の受け売りなんだけどね。フォレストンはいろんな種族が一緒に暮らす土地だから。同じ種族で親戚になるよりも、異なる種族でそうなることの難しさをよく知ってるの」

「お酒を酌み交わす………うん、いいかもしれない。けど――」

 フィオナは胸の前でパチンと手を打った。

「それじゃあ決まりね!あとはイルマさんをどうやってお酒に誘おうかしら」

「なんだ、酒を飲む話をしているのかい?」

 いつの間にか二人の背後に立っていたセラフィムは、クッキーに手を伸ばす。

「それなら、ちょうどいいイベントがあるじゃないか」

 そう言って、セラフィムは回覧板に挟まれた告知を開いて見せる。


【毎年恒例・フォレストン産麦焼酎「ともづき」試飲会のおしらせ・はやし酒蔵】

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