第2話
「ふぅ、出れた出れた」
清々しい空気。澄んだ空。香る木々。
私はついにあの湿っぽい場所から抜け出した。予想以上にあの石の空間は狭く、入り組んでいるわけでもなく、ただ私が起きた場所から外への出口への一本道しかなかった。
いや、正確には抜け出したのは“私達”だろうか。
「ガルルル……」
私を食おうとして失敗したケモ耳娘も私の後ろに付いて出てきた。
ん? なぜ、私を食おうとした者を後ろに立たせているのかって? 危なくないのかって?
なに、問題ない。
「ガルルル……ゥウゥッ!?」
後ろを見せた私に向け、その牙を再び剥く。
だが、その牙が私に触れるより前に、途中で断ち切られた鎖が何かに引っ張られるように張る。結果、その牙は、爪は、空をかく事になる。
なぜこんな事になっているのか。原因はどうやら引き抜いた杖にあるらしい。
この杖にはAIかなにかでも搭載しているのか、所持者にこのケモ耳娘が危害を加えようとすると鎖で動きを止める、らしい。まだちゃんと確かめてないのでよくわからないが。
よくわからないものに自分は頼っている……そう考えると、やはり自分の能天気さが恐ろしい。
その鎖と杖をこのケモ耳娘は『グレイプニル』と呼んだ。
そしてケモ耳娘と私の仲だが……
「ねぇ、ケモ耳娘。ここってどこ?」
「……知るかよ。それにオレはケモ耳娘なんかじゃねぇ。フェンリルだ」
「ふぅん。……っていうか、なんで付いてくるの?」
「お前がソレを持っているからだろ! ソレを破壊して、オレは自由になりたいんだっ!」
「壊したら真っ先に私を襲うでしょ」
「……襲わねぇよ」
「嘘つけ。杖を引き抜いた直後噛み付こうとした躾のなってないワンちゃんはどこの子だったかな?」
「ワンちゃんじゃねぇっての!」
まぁ、察しの通りこの有様である。最初が最初だったから、なるべくしてなったというべきか。
しかも、フェンリルは私の持つグレイプニルに用があり、私はフェンリルに殺されたくないからグレイプニルを手離せない。なんというジレンマ。
実は私とフェンリルの間にも鎖が繋がれてしまったんじゃなかろうか?
しかし、腹減った。もう限界。
どうやらそれはフェンリルも同じだったらしい。
「……腹減った。飯食わせ」
「狼なら自分で狩ればいいじゃん」
「チッ。わかったよ」
よし、かかった。
フェンリルはキョロキョロと辺りを見回す。
狩りを行うのは腰あたりまで伸びた草の生い茂る、ちょっと開けた場所。
感覚を研ぎ澄ませているのか、さっきまで騒がしかったのが嘘のようだ。
頭から生えたケモ耳もピクピク動いている。飾りではないようだ。
やがて、フェンリルの視線は一箇所に固定される。
態勢はゆっくりと低くなる。
そして、限界まで引かれた弓から矢が放たれるように、そのしなやかな足のバネによって飛び出した。
草むらにその姿が見えなくなったと思ったら、すぐにその顔をひょっこりと現した。
その口にはぐったりとしたウサギが加えられている。一瞬で仕留めたのだろう。
そんな満足そうなフェンリルに私は────
「フェンリル、待て」
「うっ!?」
────意地悪をしてみた。
鎖の強制力で動けないフェンリルの口から、ウサギを取り上げる。
「ま、待てっ! それはオレの獲物だぞ!?」
「うん。知ってる。皮を剥いで、こんがりローストにしてくれたら返してあげる
」
「本当か? 本当だな!?」
「うん。本当」
そう言ってウサギをフェンリルに返す。
そしてすぐさまその皮を剥ぎ、口から炎を吐きかけてこんがりと焼いてゆく。
今食ってしまわないのは、食べようとしても鎖の強制力で結局食べられないことがわかっているからだろう。
炎に炙られ、香ばしいいい匂いが漂ってきたところでフェンリルは私に問いかける。
「なぁ、もういいだろう。なんでこんなこと……別にオレは生でも食うのに……」
「そうだね。食べ頃だね。いただきまーす」
「なっ!?」
そして動けないフェンリルからこんがり焼けたウサギを奪い取り、その腿に齧り付く。
うん。薄味。味付け何もしてないからそりゃそうか。
「騙し……やがったな!」
「杖引き抜いてあげたのにいきなり襲いかかったのは誰だったかな?」
「ぐぅ……」
鬼のような形相をしているが、ここは無視して食べてしまおう。
……と思ったのだが、右後ろ脚と背中を食べたところで、フェンリルの目尻に涙が浮かんできた。
さすがに可哀想だし、ある程度空腹も紛れたので、残りは返してやろう。
「ほい、残りはあげる」
「うっ、ガルルッ!」
差し出したウサギはあっという間にかっさらわれ、フェンリルはそれを大事そうに抱えた。そしてキッ! とこちらを睨んだ後、非常に嬉しそうな顔でがっついていた。
尻尾もぶんぶん振っているし、非常にわかりやすい奴である。
……って、おいおい。バリバリいってるけど、まさか骨ごと食っているのか? なんてワイルドな奴だ。
骨の破砕音をBGMに、私は物思いに耽る。
自分が何者であるかはわからない。せいぜい日本人だった、もしくは日本に精通していたということくらいだ。
よくある転生モノなのだろうか? なら、誰か私に転生した理由を教えて欲しい。
記憶も、何もない私は、火を噴くケモ耳娘がいるような世界で何をするべきなのか……誰か、教えて欲しい。
転生モノなら、神様が神託をくれるじゃないか。
私にないのはどういうことだ。
「ぐきゃっ!?」
物思いに耽る私に、またフェンリルが襲いかかったらしい。当然、また鎖で拘束された。諦めの悪い奴である。
……まさかずっと私につきまとうつもりだろうか?
ちょっとうざい。
……いや、違う。
何もない私にとっては、彼女こそが唯一の仲間……とは行かずとも、孤独を紛らわす存在なのではなかろうか。
彼女がいなければ、私は今頃孤独なのではなかろうか。
もし今の今まで孤独であったならば……そう思うと、ゾッとする。と同時に……ちょっとだけ、フェンリルに対する愛情も、湧かないでもない。
なに、噛み癖のある子だと思えばいいのだ。
……私を殺そうとする存在に愛情が沸くなんて、私もつくづく狂っているな。
「……いつになったらオレを自由にしてくれるんだよ」
「さぁ? 私があなたよりも強くなってからか……私が寂しくなくなってからじゃない?」
「ちくしょう……そうやってオレを解放しない気だな!? オレはただ────」
何かフェンリルが言いかけた時、中途半端にその口を止めた。
そして、ピクピクと耳が動き出す。
「人間……金属を持ってる……」
「へぇ、そんなこともわかるんだ」
「ジャラジャラいってるのが聞こえねぇのか?」
「人間は犬みたいな嗅覚も聴覚もしてないの」
「はぁ? ……って、だからオレは犬じゃねぇ!」
一通り怒鳴った後、フェンリルは牙を剥き出し威嚇を始める。
その牙を見ると、姿は人に近いのに、いともあっさりと人を殺しそうな殺気を感じた。
「……殺さないでよ?」
「ああ? なんでだよ」
「人殺しの犬を連れて歩きたくないしね」
「ぐぬぅ……何度言えば……それにまだ腹が減ってるのに……!」
「人食い狼かよ」
「今更か!」
そんなやりとりをしている間に、草葉の間からいくつかの顔が覗いた。
日に焼けた肌の上に、薄汚れているが皮や金属でできているらしい鎧や動きやすそうな服を着込み、その手に巨大なナイフなどをチラつかせ、ニタニタと卑しい笑みを浮かべている男達。
その姿は『山賊』と評するに相応しい。
その姿を、ナイフを、笑みを見て、私は人間の失われたはずの野性────危機感知能力が目覚め、全力で警鐘を鳴らしているのを感じた。
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