火の魔女と魔狼娘のオラクル 〜もしくは、凸凹二人組の燃焼系

和三盆粗目

FIRE:1

第1話

 お前は“まとも”か?


 “まともな”人間か?


 “まとも”の定義を私に問うな。ただ“まとも”かどうか聞いているのだ。


 そうか。ならいい。


 ならばお前は“人間”か?


 “人間”の定義を私に問うな。ただ“人間”かどうかを聞いているのだ。


 “人間”を構成するのは水素、炭素、酸素、窒素……その他雑多な元素だ。その塊に過ぎない。


 そこらの石と“人間”の差はなんだ。野山に住まう獣と“人間”の差はなんだ。




 ────きっとそれが、私の答えだ。




◆◆◆◆



 夢を見た。


 私の記憶が、暗い空間に映像としていくつも、無数に浮かび上がるその光景を。

 幻想的だな、なんて最初は思った。

 ああ、懐かしいな、なんて最初は思った。

 だが、途中で気がついた。


 ……これ、走馬灯じゃないの?


 そう思うと、とてつもなく嫌な予感がした。


 私……死ぬのか?

 いや、なぜ?

 私が、死ぬ?


 その時。

 炎が現れた。

 記憶を移す映像に、火がついた。

 記憶が、燃えてゆく。

 高校に受かった時の記憶。

 父と衝突した記憶。

 淡い恋の記憶。

 トラウマになった幼い頃の迷子の記憶。

 家族の、記憶。

 楽しいものも、悲しいものも、全て、燃えてゆく。


 やだ。やだ、やだ。ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!

 それは、私の記憶だ。嬉しいものも、辛いものも、一片残さず私の思い出だ!

 焼けないで、燃えないで。


 叫ぶも虚しく、記憶は燃えてゆく。




 そしてついに、私の身に火がついた。




◆◆◆◆



 

 

「────っ!!」


 痛い。頭が割れるように痛い!

 後頭部を思いっきり打った。きっと今は地上に放り出されたドジョウみたいなことになっているだろう。

 しかし初めこそ痛かったが、やがて鈍痛も引いてゆく。立ち上がって辺りを見回す程度の余裕もできた。

 

 辺りは薄暗かった。

 司法を囲むのは、苔むした石の壁。微かに明かりを灯すのは壁に並んだ篝火。

 そして……鎖で宙に吊るされた、燃える棺桶。

 位置関係からして、きっとこの棺桶から落ちてきたのだろう。


 自分の体を見てみれば、どうやら全裸に赤い包帯を隙間なく巻きつけたような姿をしていた。赤いミイラ男状態である。

 体を弄れば、自分が女である事がわかった。ついでに貧の者であることも。数年後に期待である。


 と、ここまできてようやく気がついた。



 私って……何者だっけ。



 とりあえずは女であること、貧の者であることはわかった。

 しかし残念ながら、自分の名前すらわからない。

 私の記憶全てが、抜け落ちていた。


 これはアレだろうか。頭打って記憶を失ったとかだろうか。いやそんなベタな。

 しかし現に、自分に関する事全てが頭から抜け落ちている。

 とはいえ、はっきり言って今、それは重要ではない。

 いや、記憶喪失は相当重要な問題である事は分かってはいる。分かってはいるが、今はこの限りではない。



 お腹が空いた。



 ただただ空腹である。空腹すぎて倒れそう。残念ながら難しい事を考える余裕なんてない。

 こんな湿っぽい場所に何か食べられるものがあるとは思えない。とっととこの場から離れて食べ物を探さなくては。


 一歩、また一歩と篝火を頼りに歩みを進め、何か口にできるものを求めて彷徨い歩く。

 今の私はきっと人肉を求めて街を彷徨い歩くゾンビさながらであっただろう。……いや、今の姿だと蘇ったミイラか。どちらにせよ、B級映画にはうってつけの絵面だ。

 ……B級映画なんて言葉、何故自分は知っているのだろう。


 少しだけ思考の泥沼に浸かりかけたが、すぐに現実に引き戻された。

 自分が目覚めた場所からそう遠くない場所に、自分の足を止めるだけのものが存在していたからだ。


 少女が眠っていた。


 それが通路のど真ん中で眠っているのだ。

 ちなみに普の者である。妬ましい。


 この時点で普通でないことは明らかであるが、それ以上におかしな点がいくつもあった。

 第一に、腰まである毛先のハネまくった青い髪が生えた頭からは、髪色と同じ色の尖った犬の耳のようなものが付いていた。

 第二に、髪の毛に混じってやはり犬のような尻尾が生えていた。

 第三に、同性である私ですら目を背けたくなるほど、露出した格好だった。具体的には、金属の豪華な装身具で局部を覆っているという有様。痴女か。

 第四に……首、手首、足首、胴体に枷がはまっており、そこから長大な鎖が壁面へ繋がり、その少女を空中で磔にしていること。


 どうやらここには女性を鎖で空中に磔にする事が趣味の変態がいるらしい。そう思うと寒気がしてきた。

 この子の事も気になる。起こしていいのだろうか、と。だがなんとなく厄介ごとの匂いがした。根拠は、勘。

 今は人助けよりも自分の空腹と安全が第一だ。

 ……どうやら私は、中々冷徹らしい。


 そう考えそそくさとこの場から離れようとした時。


「────オイ」


 誰かに呼び止められた。それも酷くドスの聞いた声で。

 発生源は知っている。何せそれは目の前で動いたのだから。

 眠っていたと思っていた青いケモ耳少女……彼女が金色の瞳でこちらを睨みつけていたのだ。

 先は犬と呼んだが、今は狼と呼ぶほうが相応しい。


「オレの眠りを覚ましたのはお前か?」

「……知りません」


 そしてこんな異常事態でも落ち着いている自分が恐ろしい。

 記憶がないから、全てに順応しやすくなっているのだろうか?


「……お前の名はなんだ?」


 あいにく、私に名乗る名前を覚えていない。……適当に誤魔化そうか?


 すうと息を吸い、そして私は堂々と名乗り上げた。


「私の名前は────寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長子だ」

「なんだその嘘臭い名前は!」


 怒られた。まあ当然だ。なんで私は咄嗟のこととはいえ、落語の登場人物の名前を挙げたのだろう。きっと頭をぶつけておかしくなったに違いない。

 ……落語……日本、か。

 私は、日本から来たのだろうか。思わぬところで私の正体がまた一つ、明らかになった。

 日本にこんなケモ耳娘、コスプレでない限り存在しない。

 つまりはここは日本ではなく、そもそも地球ですらなく、全く別の場所に違いない。

 じゃあどこなのかと言われると、困ってしまうのだが。

 あと、こんな状況でありながら呑気な自分が不思議で仕方がない。


「ああ、もう名前はいい! そこの杖を引き抜いてくれ!」

「ん? 杖?」


 目の前のケモ耳娘は苛立った様子で私に高圧的に命じる。

 どうやら沸点は低めのようだ。顔は整ってるけど獰猛そうだものね。

 さて、探してみれば、確かに鎖に紛れて私の目線の高さまである杖が地面に突き立っていた。

 金色と銀色をした金属でできた豪勢な杖で、先には燃え盛る炎を模したように枝分かれしていた。

 そしてその柄には、鎖が伸びた輪がはまっていた。

 

 なんというか、ファンタジーである。まるで封印の起点のようだ。

 もしかしてココは、ファンタジー世界なのだろうか。今更だけど、今まで見てきた光景全て、あまりに現実離れしすぎている。

 もしや、この呑気さといい、記憶を失ったせいで順応しやすくなっているのだろうか?


 そんなことを考えていたせいで動きが止まっていたのか、ケモ耳娘が騒ぎ立てる。


「早くしてくれ、赤ミイラ! オレは目覚めたばっかで腹が減っているんだ!」

「……引き抜けばいいのね?」


 赤ミイラとは中々凄まじい名前だ。

 私はその手に杖を持ち、思いっきり引き上げた。

 すると予想以上に軽く、スポン、と言った感じで地面から抜けたのだ。

 同時に、ケモ耳娘を繋いでいた鎖が中程で千切れる。



 途端、目の前に猛獣が現れた。



 口から牙を覗かせ、華奢な体には合わない猛獣のような腕を振るい、目を血走らせ、私に襲いかかったのだ。

 そう、目の前のケモ耳娘がだ。


 声を上げる間もない。

 してやられた。騙された。

 彼女は、私を食おうとしている。

 私はただ無言のまま、頭をかばうように腕を振り上げることしかできなかった。

 来るだろう痛みに、備えることしかできなかったのだ。

 

 しかし、その痛みはいつまでも来なかった。

 もしや、一瞬で終わらされてしまったのか。

 そう思いつつ、反射的に閉じていた瞼を開ける。


「グルルルゥ……グ、ぐうっ! クソッ、グレイプニルかっ!」


 そのケモ耳娘は、私の目の前で再び空中で磔になっていた。

 その体から伸びる鎖は何もないはずの空中でピンと張っており、まるで見えない壁に固定されているかのようだった。





 これが序章。前語り。

 私と、コイツの、火をめぐる物語の始まり。

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