怒りだけじゃだめなんだ

 綾乃は雲状態の夢魔に猛ダッシュして跳びかかった。

 ナイフを右手に持ち替えて振るってるけど、手ごたえはなさそうだ。相手、雲だしなぁ。


 斬りつけまくってる綾乃が、だんだん雲の中に入ってく。

 ……これって、まずくないか?


「綾乃! 突っ込みすぎ――」


 忠告の言葉を叫んだけど、最後まで言えなかった。

 雲の密度が濃くなって綾乃の姿が見えなくなったと思ったら、彼女がうめき声をあげて倒れてしまった!


 更に雲が濃くなって、個体っぽくなったと思ったら、綾乃をはじき飛ばす。


 今度はうめき声も悲鳴もなく、綾乃は僕のところまで吹っ飛ばされてきた。


 咄嗟に受け止めたけど、支えきれるはずもなくて、一緒にひっくり返っちゃった。いててて。


「綾乃、大丈夫か? どうしたんだよ。なんかいつもと違う。いつもはもっと、余裕かましてるのに」


 なんとか起き上がりながら言うと、綾乃は悔しそうな顔でうなった。


「おまえ、覚えてないか? 二年前、あたしらのいとこが死んだんだ」


 なんでそんな話、と思ったけど、それよりも鮮明に思いだした。


 小六の秋だった。綾乃は学校を三日ぐらい休んでて、久しぶりに会ったら「いとこのお葬式に行ってきた」ってぽつりとつぶやいた。

 あの頃はまだ不良とか言われるような乱暴者じゃなかった。さすがに一緒に遊ぶことはなくなってたけど、顔をあわせればいつも笑って話してた綾乃が、すごく落ち込んでたっけ。


 綾乃が荒れたのは中学に入ってからだった。そこから一気に疎遠になったんだけど。

 今、それを言いだすってことは、まさか。


「いとこ、夢魔に殺されたの?」

「ああ。多分そうだろう、って。口数の少ない子でさ、でも、初めてただのクラスメイトじゃない、ちゃんとした友達ができた、って喜んでたのに」


 綾乃がゆっくりと立ち上がってナイフを握り直す。


「仲良くなってから、突き離す、ってイジメだったんだと。ふざけるなよ、あいつが何をした。『本気で友達になってもらえるって思ってたの? ばっかじゃない?』って言われたらしい」


 ダメージを負っているとは思えない、力強い動きでまた夢魔に突っ込んでく。


 そうか、さっきの夢魔の「本気で好きになられてるって勘違いちゃん、イタイわぁ」ってセリフが、綾乃の怒りに火をつけたんだな。


「その上、そのショックで体調を崩したところに、夢魔につけこまれた!」


 綾乃の全身からオーラが噴き出してる。

 この力があれば、勝てるかも?


 けど、夢魔が綾乃をまた包み込むと、綾乃はがくりと膝をついた。


 いけない。


 夢魔は負のエネルギーを奪い取る。今、綾乃の怒りを、吸い取ってるんだ。


 きっと中学に上がった頃、いとこの死の真相を知って綾乃は荒れたんだな。そして狩人になった。


『夢魔を何が何でも倒すぞって気力が足りてねぇんだよ』


 綾乃の言葉を思い出す。

 人の弱み、痛みにつけこむ夢魔、卑劣な化け物は許せない。

 けど、今の綾乃の精神状態じゃきっと勝てない。


 僕は竹刀をぐっと握った。

 怒りだけじゃない、苦しんでいる人を助けたいって思い。

 それが大事だから、贄がどういう状況なのかの説明もあるんだ、きっと。


 贄の子を、怒りにとらわれちゃった綾乃を、僕が、助ける!

 体に巡る強い力を感じながら、僕は竹刀を振りあげて夢魔に跳びかかった。


「克己……!」


 綾乃が驚いた顔で僕を見る。

 白い光が竹刀からあふれ出る。強い光なのに、眩しくはない。

 これが僕の魔力なのか?

 ええぇい、考えてる時間はない。


「消えろ、夢魔!」


 竹刀を、思い切り振りおろした。

 雲が、黒い世界が、消えていく。


 やったんだ……。


 元通り、夢はさわやかな公園の中になって、僕は、ほっとしてその場にひっくり返った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る