プライバシーの侵害じゃないのか?

 僕には本当に資質があるのかな。


 冬休みの間、久我姉妹が引き受けた夢魔退治に何度も一緒に行った。

 自分でいうのもなんだけど、割と頑張ってると思う。

 静乃ちゃんだって褒めてくれてる。

 けど、夢の中で一緒にいる綾乃は、まだまだだ、って言う。


「技術は身についてきてると思うけど、夢魔を何が何でも倒すぞって気力が足りてねぇんだよ」


 そんなこと言われても……。


 夢魔は倒すべき相手だ、ってわかってる。僕も殺されかけたんだから、夢魔に侵食されて原因不明の体調不良になることがどれほどもどかしくて苦しいかもわかってる。

 その思いを力に変えられれば、って思ってやってるつもりなんだけど。




「今日の贄は高校生の女の子よ。彼氏くんと別れてしまって落ち込んでふせってしまった、と言われているけれど、病状から判断して恐らく夢魔だろう、ということらしいわ」


 夢魔退治に行く前に、いつも贄の情報を聞くようになった。

 久我姉妹は当たり前みたいに話してるけど、これって必要な情報なのかな。個人名までは出ないけどプライバシーの侵害じゃないかな。

 僕が贄の時ってなんて言われてたんだろう。ちょっと気になる。

 ま、それが聞ければヘタレ脱出なんだけどね。


 ってことで、綾乃と夢の中へダイブだ。

 これは、どこかの公園だ。いろんな人がうろうろしたりベンチでくつろいだり、子供達が固まって携帯ゲームしてたり。

 穏やかな雰囲気だ。夢の主の機嫌がいいんだろう。


「あれが贄だな」


 綾乃があごをしゃくった。そっちを見ると、高校生くらいの男女が楽しそうに話しながら歩いてる。

 隣の男が、元カレなのかな。

 すごく幸せそうな雰囲気で、夢魔が来るなんて想像できないぐらいだったけど。


 来た。チリチリ、ザワザワ、肌を逆なでする感触が。


 綾乃が銃を抜いて胸元で構える。よくできたモデルガンだから本物に見えていつもどきっとする。

 僕も竹刀を手に取った。


 景色が黒いマーブル模様に包まれた。


『好きな子ができたんだ。うまく行きそうだから、おまえ、もう用なしな』

『そんな。二股かけてたの?』

『今まで付き合ってやったんだから、ありがたく思ってよ』


 彼氏が、それまでの優しい雰囲気とは打って変わって、すごい気持ち悪く歪んだ顔で別れを告げてる。


「ひっでぇ」

 つぶやいたら、綾乃がうなずいた。

「全部が全部、事実じゃないけどな」


 綾乃がいうには、夢魔が見せている悪夢だから、事実の部分もあるだろうけど誇張されているところも多いらしい。

 なるほど。そうやってネガティブを増強させて生命力を奪い取るんだな。


 そんな話をしている間に女が数人やってきた。そいつらも口が裂けてるんじゃないかってキモい笑い顔で女の子を囲む。


『あんたなんかお遊びなんだってぇ』

『本気で好きになられてるって勘違いちゃん、イタイわぁ』

『ブスのくせに生意気なんだよ、ばぁか』


 聞くに堪えない罵詈雑言がどんどん出てくる。

 女の子は縮こまっちゃって耳を押さえて「やめてぇ」って叫んでる。


「くそ、どいつが夢魔だ」


 綾乃が意識を集中してる。いつもはすぐにつかめる夢魔の正体が、今回はなかなかうまくいかないっぽいな。

 だったら、僕も。綾乃がやっても無理なのに成功するはずはないだろうけど、ちょっとでも手伝いになれば。


 目を閉じて息を殺して、心を落ち着けてみる。

 嫌なチリチリが来る方向は――。

 後ろ?


「そっちか!」


 綾乃の声に目を開けて、気配を感じた方に振り向く。綾乃も後ろを向いていた。

 黒い雲の塊がある。あれか!


『ふん、もう少しで完全に不意を打てたものを。小賢しい』


 黒雲の方から頭の中に流れ込むように声が聞こえてくる。これが夢魔の声?


「小賢しいのはどっちだよ。――消えな!」


 綾乃が銃を構えた腕をすっと前に伸ばして二回、三回と引き金を引いた。実際の弾がないから空撃ちの音がする。けど銃口からは、白く輝く弾が次々に発射される。これが綾乃の魔力の塊だ。


 今日の弾はいつもより輝きが強いと思う。これなら夢魔にすごいダメージを与えるだろう。

 けど、相手は雲。夢魔は形を変えて弾をやり過ごしてしまった。


 ――効かんな。


 そんなことを言っているような気配がした。


「それなら直接たたっ切る!」


 いつもは僕に囮になれって言うのに、今日は綾乃が自分から夢魔に突っ込んでった。


 何か、いつもと違う。

 囮にされないのは、ちょっとほっとしたけど、……なんだか嫌な予感がする。

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