第6話 短編 茫漠たる幻想に浮かぶ島 その2 完結〜 秘密の島で
どれほど眠っていたのか分からない。
目を覚ますと、まずは風を感じた。
静寂の中に深い群青色の空間が広がっている。
少し体が揺れている。地面が動いて、いや浮いているのだ。
宇宙空間なのか、夢の世界なのか分からぬが、茫漠たる空間に浮きながら
少しずつ進んでいる。どこへ向かうのかは分からない。
遥か遠くに、大きな島が見えた。その島もやはり浮いている。
見渡せば、島は無数にあるように思えた。
一番近くの島の端に、途方にくれた人が見えた。
その島の住人だ。
ということは、私のいるこの巨大な岩はやはり私一人。
他の島にも人がいて、その人はせっせと花に水を撒いている。
そしてこちらを見て、手を振ってくれた。
よく見ると、それぞれの島の上には違う空があって、
天気も時間もそれぞれなのだ。
美しい花をたくさん咲かせている島、緑が生い茂る活気溢れる島。
枯れ木ばかりの淋しい島。青い海と白い砂浜に輝いている島もある。
遠くに浮かんでいるのに、その様子を少しはうかがうことができた。
そしてその島に住む人は、島の様子によく似ている。
共通していることは、この果てしもない空間に漂う島の住人は、
誰もが孤独だということだ。
私の島はどんな島に見えるのだろう。
森には様々な木があって、時々花や湖も現れる。そして、月と星。
それは見たこともないほど満天の星空で夜空を埋め尽くしている。
でも木が迫ってきた時は怖ろしかった。そんな島にはいたくない。
自分の家のお気に入りのソファーが恋しくなってきた。
急に喉が渇いた。
私は水を求めて再び森の中に分け入った。
望むとそれが現れる。
清流の泉が現れ、私は心ゆくまでその水を飲み干した。
しばらく歩くうち、小さな小屋を見つけた。
誰に遠慮するものでもない。ここは多分、私の小屋。
部屋に入ると、外から見えていたより、広い空間が広がっていた。
自分の家のソファーが置いてある。
それから、テーブル、コーヒーの豆、カップ、暖炉。
何より大事なピアノ、そして必需品のノートと愛用のペン、パソコン。
薪が燻っていた。オレンジ色の炎が上がるまで、薪を足した。
馴染みの自分の物や、燃え上がる炎を見ていたら、
少しずつ気持ちも落ち着きを取り戻してきた。
さて、この島から抜け出すにはどうしたらいいのだろう。
そう、私にはわかっていた。
何か言葉を書かなくてはいけないのだ。
詩でも小説でも、何か一つ、情感を言葉にしなければ、
この島から抜け出すことはできない。
でも、そう簡単には書けるものではない。
苦しんで、悶々とした夜を過ごし、それでも何も書けないこともある。
小屋の周りには鬱蒼とした木々が佇む。
お願いだから、そこから動かないで!
もう少しで、書けるような気がするから。
先ほどの様な怖ろしい思いは、もうたくさん・・・。
相変わらず時間は早回しで進み、景色も一瞬で変わっていく。
まずは、時間と景色を定着させないと。
雲に霞む月を想い描いた。
景色は、小さな庭のある小さな家。その家の窓辺に一人の女が佇んでいる。
やがて女は、窓から身を乗り出し、降り出した雨に濡れながら、
傘の中の恋人に手を振り、精一杯微笑んで見送っている…。
そして、一つの愛の詩を書いた。悲しい詩を。
どうにか一つ出来上がって、私は疲れ果て、やがて深い眠りに落ちた・・・。
翌朝目が覚めたのは、自分の部屋のベッドの中。
・・・ああ、不思議な夢、、いや、果たして本当に夢だったのだろうか?
幻想的で、美しくて怖ろしい、あまりにリアルな夢だった・・・。
あれから、毎晩のように、漂う島の住人になり、森に迷い込み、
現実と、幻想の森の区別もままならなくなっている。
迫ってくる木々は、相変わらず怖ろしくても、
なぜか、また行きたいと思うのだ。
私だけの秘密の島。
誰でも一人一人島を持っているけど、
誰でもが、その島にたどり着けるかどうかは分からない。
行きたいかどうかだけ、そう、ここに来られる人は、
強くそれを望む人たちだけ。
自分のイメージをどこかに現して、温存させていくための、
温存させなくては生きていかれない人の創ったそんな場所。
鬱蒼と茂る木立は、まだ私の未開の地ということね。
柔らかな風が吹いて、
深い森にはいつも花が咲いて、
雲の影が映る緑の草原に、
白馬が駆け抜けていけるような、
風が大木の葉を揺らし、
木漏れ日が輝き、
海岸の白い砂浜に遊び、
時には純白の雪に覆われて、
銀河の果てや月の輝きや
オーロラの光の饗宴に心躍らせて!
そんな島になればいいのに。
私の書く言葉が、もっと暖かく、
愛や夢を伝えることが出来たら、
いつかそんな夢が、叶うのかもしれない…。
終
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