第6話 SPC異能者・異種族犯罪対策課5

 ――SPC養成助学校初等部、その保健室にマリアはいた。

 始業式の途中マリアの友人である沙夜が腹痛を訴え、マリアが付き添いで連れて来たのだ。

 元々身体の弱い沙夜は薬を持ち歩いていたのだが、過去に忘れて騒ぎになったことがあり、それ以来保健室に常備させてもらっている。

 マリアも何度も沙夜を保健室に連れて来ている為、保管している場所も分かっている。

 マリアはベッドに沙夜を座らせると、薬棚の奥に隠してある沙夜の腹痛止めを取り、シンク横の逆さまに置かれたコップを手に取り水を注いで沙夜に渡した。

「落ち着いて、ゆっくり飲んで」

 マリアは沙夜の隣に座り、飲み終わるのを待つ。

 数秒の後、沙夜は少しずつ姿勢を戻していく。

「……だいぶ痛みが引いてきたみたい」

 沙夜は腹部をさすりながら言った。

「落ち着いてよかった」

 マリアの顔には安堵あんどの色が見える。友人の事となると、流石のマリアも表情を崩してしまう。

「いつもありがとうマリアちゃん。いつも私ばっかり、こんな……」

「気にしないで。沙夜のためだもん。私は何だってするよ」

 続きを言えず口籠くちごもる沙夜に、マリアは当然だと告げる。

 完全に落ち着いたのを確認して、マリアは沙夜がこのまま式に戻るのを止めた。

「安静にしてなきゃだめ。沙夜はこのまま寝てて」

「でも、もどらないと先生心配してるだろうし」

「大丈夫。私から先生に伝えておくから。先生に診てもらって、大丈夫って言われるまでは安静にしてて」

「わかった。休ませてもらうね」

 沙夜はベッドに横になり、マリアが布団を掛けてあげた。

 そしてマリアが保健室を出ようとした時、体育館の方が騒がしいことに気が付いた。

「何だろう? 始業式にしては騒がし過ぎる」

 マイクの音量なら一人分の声が反響して聞こえてくるが、そうではない。中には悲鳴のような声も聞こえる。

 体育館で何かが起こっていることは間違いない。

 SPC隊員の親族であるマリアは、小学生ながらこの場合どうすればいいのか。またどういった状態でいなければならないのか、十分に理解していた。

 こういった状況に陥った時、常に冷静でいることをマリアは心掛けている。

 パニックにおちいやすい状況だからこそ、冷静に見極め、対処出来る人間がいなければならないことを知っているのだ。

 マリアは第一に、客観的に見て弱者の立場にある沙夜の安全を優先した。一度保健室の扉を閉め、沙夜の所に戻る。

「どうしたのマリアちゃん? もどるんじゃなかったの?」

 マリアの行動に疑問を持った沙夜がたずねる。

 マリアは普段の表情のまま沙夜に告げる。

「体育館の様子がおかしい。マイクの音だけじゃなくて、人の声が直接聞こえてくる」

「どういうこと?」

「分からない。でも、体育館が安全じゃないことは分かる。だからお願い沙夜。私が大丈夫って言うまでは、絶対に保健室から出ちゃだめだよ」

 マリアの言葉に沙夜は再び問う。

「でも、マリアちゃんはどうするの?」

「私は状況を確認してくる。万が一のために、沙夜はベッドの下に隠れてて」

 マリアがそう言った直後、廊下から保健室へと向かってくる足音が聞こえる。

 それも一つではない。何人かの足音が混ざっている。

 マリアが何故保健室へ向かって来ていると分かったのか。それは保健室が廊下の突き当りにあるからだ。この廊下の保健室までは空き教室すら存在しない。

 養成助学校ではその性質上怪我人が出ることも少なくない。

 その為多めに治療器具やらベッドが必要となってくることもあり、保健室自体が大き目の教室として造られているのだ。

 ベッドの下では見つかってしまうと判断したマリアは、入り口側とは反対側の窓を開け、そこから沙夜に逃げるよう指示する。

『早く。急いで沙夜』

 声を出してしまうと見つかってしまうので、小声でマリアは言った。

 幸いなことに、保健室は一階にある為、窓から出入りすることが可能である。

 普段はそんなことをすれば先生に怒られるだろうが、緊急事態のこの状況で責める人間は存在しない。

 思いのほか沙夜が窓から出るのに手間取ってしまい、ようやくマリアが出られる頃には足音が止んでしまっていた。

 マリアは覚悟を決め、

「沙夜は早く逃げて。逃げたら助けを呼んで来て。先生でも警察でも、誰でもいいからとにかく早く逃げて」

 そう言って、沙夜の言葉を待たずマリアは窓を閉めた。

 マリアが窓を閉め、入り口を正面から見た時、ゆっくりと扉が開くのが見えた。

 扉の向こう、つまり廊下から機関銃アサルトライフルをもった男二人と武器を持った様子のない男が一人、保健室に入ろうとしているのが見てとれる。

 男達は扉を開けるなり、驚いた様子を見せた。しかしその内の武器を持っていない男だけは反応が違った。

 やけに笑みを浮かべマリアを見ている。

「ほらな、言った通りだっただろ? まだ校舎に隠れてるガキがいるって」

 男はマリアへ近づいてくる。

 この時マリアは悟った。体育館の騒ぎはこいつらが起こしたことなのだと。

 マリアは身を強張らせた。

 SPC養成助学校にいる以上、マリアも異能者・異種族ストレンジャーの一人だ。事実、マリアは異能者である。

 しかしまだ初等部であるマリアは、自分の能力を上手く使いこなせていない。

 実際のところ、どういった能力であるのかマリア自身まだよく分かっていないのだ。

 実戦向きの能力でないことは薄々うすうす感じていた。

だからマリアは、抵抗するのは無駄だと判断していた。

 そうしている間に、男はマリアの眼前にまでせまっていた。

「お嬢ちゃん、抵抗しないでくれよ。これは俺達の崇高なる計画の為なんだ。何もしなければ、無事にお家に返してあげるよ」

 マリアの覚悟はすでに決まっていた。

……大丈夫。沙夜は絶対助けを連れてくる。




         ――




 ――SPC養成助学校初等部、その校門には犯行グループのメンバーが二人立っていた。正確には正門と裏門に二人ずつの計四人だ。

 正門ではCSIの職員が警官隊と共に交渉を続けている。

 今回SPCの隊員は裏門から侵入することになっている。表向きはCSIが交渉という手段で穏便おんびんに解決しようとする中、裏門からSPCの隊員が侵入し、犯行グループを無力化し身柄を拘束するという計画のもと行動する。

 裏門で配置についた天人達は、マインと紫愛莉を先頭に待機していた。

「こちらSPC、配置についた」

『了解。早速始めてくれ』

 CSIとの連絡を終え、先ず紫愛莉が動いた。動いたといっても、敵の武器を無力化しただけだった。

 幸いにも敵の銃が鉄製であったので、紫愛莉の能力で銃は解体される。

 そして敵が動揺しているところにマインがフルパワーで加速し敵二人の腹部に重たいブローをきめた。

 敵は成す術なくその場に倒れる。それを見ていた天人達は門の所まで移動する。

 そしてアナは倒れた敵一人の髪を何本か適当に抜いてそれを飲み込んだ。

 するとアナの姿はみるみるうちにその倒れていた敵その者となっていった。

 アナが変化をしている最中、ヴェルも自身の役割を忘れていなかった。

 一匹の蝶を門の向こう側へと飛ばした。そしてここでヴェルの身体的能力が発揮される。

千里眼ふくがん

 ヴェルは自分が命令している虫が見たものを、自分の目を通して見ることが出来る。またこの能力「千里眼ふくがん」を使用する時のみ、自分の目を「複眼」にすることが出来る。

 そうすることで命令を下した複数の虫から視覚による情報を得ることが出来るのだ。

 今回一匹しか飛ばさなかったのは、複数匹虫が飛んでいれば敵に怪しまれる可能性があるからだ。

 ヴェルの飛ばした蝶は、彼の命令を忠実に守り索敵さくてきを行っている。

「体育館まで敵影六、位置も把握した」

 ヴェルが索敵を終えたところで、アナの変化も完了した。

 門を開けると敵に気付かれる可能性があるので、全員門を飛び越えて侵入した。

 門を超え、一番近くの校舎の陰に三人いるとのヴェルの指示があった。敵に扮したアナが敵の注意を引き、紫愛莉が敵を無力化し、それをマインがブローで倒していった。

 その後ろをついていく形となっている天人とヴェルは倒れた敵に手錠をかけていく。後にこの敵を逮捕しに来る警官隊の為だ。

 そして体育館の前まで来ると、そこには仁王立ちで立っている巨漢の大男がいた。

 あらかじめヴェルの情報で分かっていたことだが、この巨漢の大男は指名手配犯のビッグフットだ。まさかこいつが「赤報隊せきほうたい」に所属していたとは誰も予想がつかなかった。

「ここまでよく来たなSPC諸君。君達が来るであろうことは我々のボスが予測済みだ。我々の崇高なる目的のため、ここでお引き取りいただこう」

 ビッグフットは体育館へ入る階段の上から見下すように、腕を組んだ状態で言った。

「てめぇみたいな下っ端の相手してる暇ねぇんだ。いいからさっさとそこ退きやがれ!」

 マインが挑発しながら跳躍ちょうやくすると、ビッグフットの後ろから機関銃アサルトライフルを持った敵が二人出て来た。

 一度退いてもよかったが、マインは気にせず突っ込んだ。

 そして敵二人がトリガーを引こうとする瞬間、二人は膝から血を噴出しその場に倒れた。

 紫愛莉の能力だ。彼女は常に拳銃ハンドガンを携帯している。何故ならそれが彼女の最大の武器だからだ。

 紫愛莉の能力を正確に言えば、一度視界に入った鉄は全て思いのままに操れる、という能力である。

 その為視界の端にさえ入っていれば、弾丸だろうが大砲の弾だろうが自在に操れる。

 拳銃では狙いずらいこの距離でも、紫愛莉の能力を持ってすれば、どこにいようと狙った箇所を確実に打ち抜く狙撃になる。

 一発でも強力だが、紫愛莉の最高記録は一秒間に六発は同時に操ることが出来るという。

 紫愛莉はこの能力で二発の弾の回転数を増やし、弾道と飛距離を操作したのだ。

 しかし、殺しはしない。あくまで一警察組織であるため、生かして捕縛ほばくするのがSPCの仕事だ。

 そしてマインは紫愛莉を信頼していた。だからこそ撃たれると分かっていても突っ込んだのだ。

 それにもし撃たれていたとしても、マインは食屍鬼グールであるので何事もなかったかのように突っ込んでいただろう。

 突っ込んだマインはそのままボディーブローを叩き込むつもりだったが、ビッグフットに片手で止められてしまう。

 すかさずもう一方の手でブローを繰り出すが、そちらも片手で止められてしまった。

「SPCの隊員ともあろう者が、この程度の力しかないとは笑止。つまらんぞ!」

 マインとビッグフットは手と手で押し合う形になっている。傍から見れば圧倒的にマインが不利な状況に思える。

 しかしマインはいきなり笑い出した。

「どうした? 何がおかしい」

 マインの突然の行動に、ビッグフットも困惑してしまう。

「いやぁ、すまねぇ。てめぇを少し見くびってたわ。まさか久々にこんなにもいい力勝負が出来るなんてなぁ!」

 直後、マインはビッグフットの手を掴んだまま持ち上げた。そしてビッグフットを階段の下に投げる。

 地面にビッグフットは叩きつけられ、呼吸がままならず立ち上がることが出来ない。

 ビッグフットがそれでも起き上がろうとしている最中、マインは階段の手すりを足場にし、そこからビッグフットへと跳躍ちょうやくした。

「楽しいなぁおい!」

 マインが一瞬にして消えた。

 そして消えたかと思えば、消えた瞬間ビッグフットが倒れている場所で何かが爆発するような音が聞こえる。

 全員が振り向くと、そこでは砂埃すなぼこりが充満しており、マインがビッグフットの腹部を地面に叩きつけているような光景を見ることが出来た。

「なんだ。つまんねぇの」

 マインの本気の一発を喰らって、ビッグフットは気絶しているようだ。

 これでひとまず校内は制圧完了したわけだ。残るは体育館のみ。

 そうして目的地の体育館へ入ると、すでに犯人グループは養成助学校初等部の教員達と隠密おんみつに突入していたCSI職員達によって取り押さえられていた。

「こちらSPC。体育館の制圧を完了、犯人グループの身柄は全て拘束した」

 警官隊にその報告をしていると、FBIを名乗る男から通信が返ってきた。

『了解。ただちにそちらへ向かう』

 こうして、体育館の危機は立ち去った。

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